幻肢痛
貝塚さんは小学生の頃、家族での外出時に交差点で大型ダンプカーと自家用車の衝突事故に巻き込まれ大けがを負ったことがあるという。
幸い命は取り留めたのだが、頭を強く打ち一時は意識不明に陥るほどの重傷だったそうだ。
数日間生死の境を彷徨い昏睡状態から目覚めたのだが、目覚めたその日から体のある一部に強烈な痛みを感じるようになったという。
昼夜問わず、なんの前触れもなく激痛が走る。声も出せず脂汗が額に浮かんでくる。まるで巨人が力任せにその一部だけを握り潰そうとするような強烈な痛みが続く。
一旦始まると痛みが収まるまで身動きすら取れなくなるらしく、酷い時には一時間ほど激しい痛みが続くこともある。
医者に訴えても頭を捻るばかりで原因について何も分からないのだという。この現象は貝塚さんが大学生になった頃から徐々に頻度が落ちていった。
そう語る貝塚さんは五体満足である。
どこが痛いんですかと問うと、黙って自分の臀部(でんぶ)の先を指差し「しっぽだよ」と笑った。
話の真偽は分からないが、貝塚さんの口から突然飛び出した「しっぽ」というワードにとても興奮し、思い出せるだけのしっぽの感覚を教えて下さい、と根掘り葉掘り問い詰めた記憶がある。
最近では年に一、二度、思い出したかのように軽く痛むだけなので特に気にせずにいるそうだ。
想像は無形でときおり様々な姿で目の前に現れる。それらは常日頃、無意識に積み重ねた「常識」という高い塀をはるかに飛び超えてみせることがある。
僕はいつもその瞬間に高揚し、その度に常識という壁のその先に思いを馳せている。
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