五十音小説「き」
「きゃッ」
昼休み自分の席でスマホを弄っていると
突然背中に水が流れ込んできた。
振り返ると同じ部の女子達が笑っている。
水を流した犯人であろう女子の手には空のペットボトル。
(…今日は私か…)
場の空気を読んで大袈裟に反応してみると
「大丈夫!大丈夫!次はプールだし、天気良いからすぐ乾くよ!」
全く悪びれることもなく言う女子と
それを見て笑っている女子達に内心呆れる。
これは部長率いるメンバーによって始まった"暇つぶし"と言う名の"イジメ"。
3年の部員全員が対象で毎日ターゲットが変わる。
そして今日は私の番らしい。
今回で2回目。前回は部活終わりに10cm程髪を切られた。
切られたと言っても、イヤな感じにされた訳ではなく、見た目はちゃんとしている。
だからある意味タチが悪い…
いっそのこと本当にイヤな感じにしてくれたら
先生に助けを求める気になるのに
仲良し感を出すからヤメてと上手く言えない。
……
そして放課後、
ホームルームが終わって皆が教室を出る中、1人教室で机に項垂れる。
「足大丈夫?」
クラスの男が心配して声をかけてきた。
「…全然大丈夫じゃない」
案の定、午後のプールでも"暇つぶし"は実行された。
水中に居るときに足を引っ張られ、その拍子に捻挫したのだ。
…こんな状態でも部活に顔を出さないといけないなんて…
"暇つぶし"の存在をしらない顧問を恨む。
そんなことを悶々と考えていると
傍に立っていた男が頭上からさらに話しかけて来た。
「顧問に伝えとくから30分ぐらいここでゆっくりして部活に行きな。」
私が部活にまだ行きたくないと察してかそんな話をしてくれた。
素直に頷けば、男は満足そうに笑い。
私の頭にそっと手を乗せ軽く滑らせた
「大丈夫。30分と言わず気持ちが落ち着いてからでもいいから」
男の初めて見る優しい表情と突然の行動に心臓が大きく跳ね上がる。
男はいつも隣で練習している部活の部員。
"暇つぶし"の存在を知っているからこんな事を言うのだろうか…
今までにない男との距離感に緊張して固まった。
それから教室を出ていく男の後ろ姿を見送ってから約30分後
今私は部活に来ているのだが。
部の雰囲気がおかしい…
すぐにいつもの如く絡んでくると思ったのに
部長率いるメンバーがとくに大人しい。
絡まれないことに安心しつつも
違う意味で居心地の悪さを感じながら過ごす。
すると、後ろから声をかけらた。
振り返るといつものメンバーでやっぱり様子がおかしい。
「あのさ…足ごめん。
あと…あれはもうやめるから。…それだけ。」
それだけ言って離れていった。
この状況を不思議に思っていると
…っ…もしかして。
バッと勢いよく先程の男が居るであろう方を見ると
バチッと目があった。
そして男は私に向かって
"よかったな。"と言うかのように優しく笑った。
思わぬ男の反応に目を見開く
その瞬間
男がどうして私に「落ち着いてから部活に行きな。」と言ったのか理由が分かった気がした。
私の予想が正しければ
この部の雰囲気を作ったのはあの男で
助けてくれたんだとしたら。
とにかく早く男に確認したいし、色々と聞きたい。
あと。ありがとうと伝えたい。
ソワソワする気持ちを抑えながら
私は男の優しさに心が満たされた。
早く部活終われ…
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