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さよならだけが人生だ

井伏鱒二だったか、誰だったか妙に頭に残っているフレーズだった。
今流行の電子タバコはどうも好きになれず、か細い煙草に火をつけると、鼻を抜けるメンソールと共に煙が生き物のようにゆうらり、と揺れた。
眠れない夜は時々、小一時間ほどドライブに行く。
ワンオペ育児の束の間の休息である。そうでなければやっていけないのだ、宇宙語を話す幼児とは。
「…さよならだけが人生だ、」
ぼそりと唇からこぼれおちたそれは、いつしか自分の人生の代名詞のようだと思っていた。

最早少女だったあの春は遠く、気がつけばずいぶんと生きながらえてきたように思う。
結婚し、出産、子育てと少女の頃には到底無縁だと思っていた事象の真っ只中に己がいるだなんて、あの頃の私が知れば、きっと苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔をするだろう。
そしてよりにもよって我が子は娘である。とびきり可愛くて、偶に小憎たらしい、愛すべき娘。


娘も私のように母を嫌いになるだろうか。
時々、あっと思う前に手が出てしまう。やってしまった、と思いながら娘を抱きしめてごめんね、痛かったねと言う。
すると、まるで火がついたように泣いていたのに、数秒後にはケロッとしてママ、大好きと舌足らずな声で花が咲いたように笑う。
その笑顔を見る度にほっとして、酷く自分をなじりたい気持ちになった。


凍ったペットボトルで執拗に殴られて、失禁したこと。
包丁の峰で頭を強く叩かれたこと。
どれだけ手伝おうと、褒められはせず、文句だけが残った。
母との幼少期に思い出せるのはこれだけで、ただただ自分がいわゆるヤングケアラーであったという事実だけで。


子供のまま大人になってしまった今、私もあの母になってしまうのかとそれだけがおぞましくてたまらなかった。

紫煙を吐くと共にカーウィンドウを開ける。冬の深夜、入り込む風はしんと冷たく、風を斬る音の他はまるで音を奪われたかのように静かである。
河沿いを走っていると、高校時代の夏を思い出す。
日本一暑かったあの年、馬鹿みたいに遊び回って、一生つるんで生きていくと思っていた友達。


最後に連絡をとったのはいつだったか、どちらが連絡を絶ったのか、それすらも分からない。
ひどく疲れた気がした。生きるのに、こんなにも力が必要だっただろうか。
灰皿に灰を落とす。それすらも億劫で、火を点けたばかりの煙草ごと捨てる。


信号が変わる。停車して、オーディオから流れる曲が気に食わなくて変える。変えた曲も別に聴きたいわけじゃない。
ただ何も聞こえないと、息すら苦しくなりそうで嫌だった。


「さよなら 僕のベイベー…いつかは君を忘れる、」


すぐに夜は明けるよ、どうか泣かないでおくれよ。
流れてきた曲の歌詞を口ずさむ。


今は冬だ。いつか春がくる、そう思ってもう十年だ。
この人しかいないと思った人は幻想だった。絶望して、そうして生きてきた余生で特に好きでもなかった相手の子供まで産んで、もはや私の中に何が残っているのだろうか。


私、何の為に今生きているのだろうか。


そこまで考えいたった時、信号が青に変わった。
気を取り直して、アクセルを踏む。そろそろ折り返し地点だ。
もう帰らないと、明日の朝、子供に叩き起される羽目になりかねない。
ため息が溢れる。そうして笑ってしまう。
もちろん自嘲である。
さよならだけの人生なのだ、笑っているしかないじゃないか。



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高校時代からたまーにエッセイじみた散文を書いていました。
あとは小説も子供産むまでは時々、エムブロさんで書いていたんですが、最近自分の書いた小説タイトルと同じタイトルの映画が放映されてちょっと笑いました。
ちなみにお題サイト(古の)から借りたものなので著作権もクソもありません笑
井伏鱒二のさよならだけが人生だ、にすごく感銘を受けて生きてきたのですが、正直余生だと本気で思っていたので今余生で子供産む?普通…と自分に素でドン引きしています。


それでは皆さん、いい夢見ろよ!

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