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その日は雪が降っていた。

あらすじ
中学三年の夏、自分の性嗜好について悩んでいた瀬那のクラスに季節はずれの転校生、吉良アンジュがやってくる。
アンティークドールのように美しい彼女は、何故か瀬那に懐いて、そして瀬那はひょんなことから彼女の秘密を知ってしまう。
青白い肌に浮かんだ蓮の花。冷たいラムネに夜のプール。
変わり者で突拍子のないアンジュの行動に振り回されつつも、悪くないと思っていた穏やかな青い日々。
それは唐突に終わりを告げて、瀬那を置いていく。
特別がほしい年頃の少女たちが周囲や互い、大人の身勝手に振り回されながら、少しずつ大人へと成長する。
瀬那ちゃん。また夢で逢いましょう。


第1話

思い出す度、胸が軋むように痛む思い出がある。
浮かぶのはいつも、アンティークドールのように美しく、そして今にも壊れそうな女の子に二度と会えないと悟った駅前のロータリー。
あの日は馬鹿みたいに雪が降っていた。
しんしんと、ただ静かにすべてを真っ白に染める雪が田舎の狭い駅前ロータリーの冷たいアスファルトを埋めるなか、遠ざかるタクシーのナンバープレートだけがやけに目立っていたのを覚えている。
中学生のあたしには到底行けやしないところへ、あの子は何も言わずに行ってしまった。
あの子の背中に刻まれた蓮の花みたいに、あたしの心ってやつへ消えない傷を残して。


時は中学三年の年にまで遡る。その頃のあたしは自分の性癖にひどく戸惑っていた。
女に生まれたのに、どうしたってピンクやスカートが似合わない風貌。
整っているとは言われるが、よく男の子と間違われた顔立ち。
そして何より、あたしは男の子を好きになることが出来なかった。
好きになるのはいつも自分とは真反対の、女の子らしい、可愛い女の子。
別に男になりたいわけではなかった。自分に無いものに憧れたわけでもなかった。ただただ、女なのに女が好きだった。
変なのは解っていた。だからイライラしていた。
どうしたって『普通』になれない自分に。
「ねー萩原、今日転校生くるんだって」
今にも溶けそうなほど暑い朝だった。席に着くなり、顔を合わせば話す程度のクラスメイトがキャッキャと笑いながら言った。
もうすぐ夏休みで学校全体が浮き立つ中、珍しいイベントでさらにクラスはそわそわと落ち着きがなかった。
「へー、そんなに早川がわくわくしてんなら男?」
「ちげーし。女の子だって」
皮肉交じりに笑いかければ、最近出来たばかりの彼氏とさっそく別れたらしい早川はさも嫌そうな顔をして答えた。
「ならなんでそんな嬉しそーなの?」
教科書を仕舞いながら訊ねると、彼女は校則違反の色つきリップをこれでもかと塗りたくりながら、こんなイベントなかなかないじゃん、と素っ気なく答えた。
まあそーね、と応じたところで始業のチャイムが鳴り始める。
浮き足たった雰囲気のまま、クラスメイト達が賑やかに席へ着いたところで担任の笹部がかったるそうな顔で現れた。
「おはよう、お前ら本当にわかりやすいな」
がっしりとした体型で体育教師の彼は、もろに近所のオッサン的な雰囲気で、しかしそのわりに話が解ると男女ともに人気があった。
よく教科室にまで出向いていって、相談という名のもとのちょっかいを掛けに行く生徒を見かける。
あたしは正直、声が大きい大人が苦手で行くことはないけれど。
笹部が廊下を振り返り、入りなさいと声をかける。
カタン、と半開きだった扉が開く音と同時に賑やかだったクラスのざわめきが消えた。
さしたる興味もなかったあたしはそっぽを向いてうんざりするほど青い空を眺めていたのだが、あまりにも急に静かになったので、教壇に立っているだろう転校生を見てーーー驚いた。
花のかんばせ、とつい先日授業で習ったけれど、きっと彼女のことを言うのだろう。
緩く波打つ栗色の長い髪、大きな瞳を縁どる睫毛は長く、小さな唇は薄い桜色の花びらのようだった。
そして瞳の色は薄い青で、まるでフランスのアンティークドールのようだった。
目が離せない。そう思った瞬間、不安げに視線をさ迷わせていた彼女と目が合う。
彼女は物珍しげに数回瞬きをして、ゆるりと微笑んだ。
その甘くとろけるような微笑みになぜか首筋がぞくりとする。
「吉良 アンジュです。よろしく」
鈴を鳴らしたような可憐な声に現実が急に帰ってくる。
堰を切ったようにざわめきだすクラスに笹部がはいはい、と腹に響く声で窘めた。
「質問はあとだ。ホームルーム始めるぞ。吉良、窓側の空いてる席に座りなさい」
吉良ははい、と静かに頷いて席へと向かう。
あたしの隣の席だった。彼女は席に座ると首だけであたしを振り返り、ニコリと笑う。
その笑顔がやたらに蠱惑的であたしはまた怖気がするのを感じた。
「よろしくね」
「……よろしく、」
たった一言、それだけの会話だった。
でも、何となく、あたしは彼女を好きになれない。
そう思った。

のちに何度も思う。
彼女が他のクラスだったなら、違う学年であれば、そもそも違う学校であれば、あたしはこうも取り返しのつかない過去に苦しむことはなかったのに、と。




2話 https://note.com/96nek0/n/ndc0d40f69d84

3話 https://note.com/96nek0/n/nd190b2a65f07

4話 https://note.com/96nek0/n/ne72f9d3bd593





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