薄っぺらい言葉よりもその場で自然に出た言葉を使いたい
某フォーラムで得たこと
覚え書き。
あ!いつも読んでくださって、スキもありがとうございます!
書いていく励みになります。
某精神科系のフォーラムのこと。(怪しいやつじゃないよ~)
私は双極性障害で、今回のフォーラムもピンポイントではないかもしれないけれど、こういう講演会とかイベントに参加するのが割と好きなので申し込みしました。
ZoomでのWeb開催。
あまり詳しく書くとダメだと思うので一番心に響いたことを。
オープンダイアローグでの話です。
訪問看護師など支援者のプログラムの中で、「病気を持っている当事者に言うのではなく何かを通して話しかけると意外と心を開いてくれる」と。
拒薬する患者さんに向けて「薬を飲んでください」というのではなく、
お薬カレンダーに向かって「なかなか飲んでもらえないね」と語りかけると徐々に飲んでくれるようになったらしい。
他にも本人に話しかけるのではなく、家族の写真に向かってこうだね、ああだね、と話しかけると、黙っていて心を閉ざしていた患者さんが心を開いて少しずつ話してくれるようになった。と。
ああ、優しいな。
画面越しでしかわからないけど、2人の方が話しながら涙されていた。色々思い出したり、込み上げるものがあったのだろう。
本当に患者(利用者)のことを考えてくれている。丁寧に接しておられる。
あらかじめ用意しておいた「辛かったですね」「大変でしたね」という言葉よりも、何も準備していなかった時の心から出た「辛かったですね」「大変でしたね」という言葉は同じことを言っていてもやはり違うとのこと。
確かにそれは支援者でなくても私たちでも当てはまると思う。
何かを友人に打ち明けられた時に、用意していた言葉ではなくその場で思った言葉を発したり、ただ無言で寄り添うだけでもいいかもしれない。かける言葉がみつからなくてごめんね。ということもあるかもしれない。
うまく反応できなくてもそれはそれでいいのかもしれない。薄っぺらい言葉を発するよりは。
私も言葉に対して責任を持たないといけないな、と意識させられた。
同じ言葉でも違う言葉になる。
本来のオープンダイアローグはやはり支援者たちが家族や当事者を囲んで、話し合うことではないか。当事者のいないところで話を進めるのではないんじゃないかと。
私はあまり用意した言葉が苦手で、その場その場で適当な言葉を発するのだけど、それはそれでアリなのではないかと思いました。
この話を得ただけで参加費は回収できました(ケチ)