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江戸とスパイス 其ノ壱「蕃椒」

ご無沙汰しております。

突然ですが今回は、"日本における百科事典のはしり"とも言われている江戸時代の書物「和漢三才図会」を紐解いていきます。

江戸時代の百科事典

「和漢三才図会」、お初に耳にする人がほとんどかと思われますが、現代のオープンソース大百科事典ことWikipedia先生によると、

江戸時代中期に編纂された日本の類書(百科事典)。1712年成立。
編集者は大坂の医師である寺島良安で、(中略)約30年余りかけて編纂された。
全体は105巻81冊に及ぶ膨大なもので、各項目には和漢の事象を天、人、地の三部(三才)に分けて並べて考証し、図(挿絵、古地図)を添えた。各項目は漢名と和名で表記され、本文は漢文で解説されている。

とのこと。
"編集者が医師である"という部分に着目してほしいのですが、この頃の医療といえばもちろん東洋医学。医師というのは東洋医学に明るい人間であり、つまりは漢方や生薬に精通している人間ということになります。

そんな人間が自らの知識をすべて詰め込んだ百科事典を編纂したらどうなるんでしょう。
和漢三才図会の目録をパラパラと眺めてみると、やたらと長いんですよね、植物の項が。

全105巻あるうちの82〜104巻、およそ全体の20%余りに渡って草や木、果実、茸類のことが書かれておるわけです。
この宇宙の万物を記したうちの20%というのは、結構な割合だと思うんですがいかがでしょうか。

そして当然、その20%の中には現代においていわゆるスパイスとして用いられている植物も所載されていることでしょう…!

ということで和漢三才図会の中からスパイスっぽい項を探し出して紹介していく第一弾、今回は「蕃椒」について書いてみます。
やはり最初はレッドチリからでしょう。

第二弾以降続くのかどうかは私のやる気次第です。


蕃椒 たうがらし

89巻 味果類より
まずは該当ページを載せてみます。

画像1

画像2

大昔の書物ですので擦れや虫食いがあります。
あと慎重に開いていますのでノドの部分が見辛いですが悪しからず。

漢文で書かれてますがなんとなく言いたいことは分かる…気がしますね。
気になる箇所をピックアップしていきます。

"俗云南蠻胡椒今云唐芥子"

「俗に南蛮胡椒というが今は唐芥子という。」
いきなりグッときますね。唐辛子は今でも北海道や東北では"南蛮"、四国や九州では"胡椒"と呼ばれていますが、流行に敏感なシティボーイ達は300年も前にはとっくに"唐芥子"と呼んでいたのでしょうか。

"桉蕃椒出於南蠻慶長年中此與煙草同時将來也
中華亦大明之末始有之故本草綱目未載"

「思うに、蕃椒は南蛮で採れる。慶長年間(1596〜1615)にタバコと一緒にやって来た。中華でも大明の末(1640くらい?)に始めてもたらされたので、『本草綱目』にも載っていない。」
日本への唐辛子の伝来時期については諸説ありますが、本書では慶長年間とされていますね。『本草綱目』というのは中国の薬学著作で、1578年に完成し1596年に出版されたそうです。

"五月開小白花結衣子
有數品如筆頭如椎子如櫻桃如椑杼或攅生或向上
皆生青熟赤或黄赤色有"

「五月に小さな白い花が咲いて実を結ぶ。数種類存在していて、筆頭のようなもの、椎の実のようなもの、サクランボのようなもの、猿柿のようなものがある。群がるように生ったり上を向いていたりする。どれも皆青く生って熟すと赤や黄赤色になる。」
…この段落が個人的ハイライトです。
なんと、江戸時代には既に多様な品種の唐辛子が日本にもたらされていたようなのです。
ここまで読み進めることが出来ていらっしゃるレッドチリフリークスの皆様方におかれましては、この事実だけで脳汁が止まらないことでしょう。
挿絵では鷹の爪っぽい形の実が描かれていますが、筆頭っぽいのは中国の朝天辣椒であったり、椎の実っぽいのはタイのプリッキーヌであったり、サクランボっぽいのや猿柿っぽいのはインドのグンドゥチリであったりパキスタンのゴルラルミルチであったり南米のロコトペッパーであったりした可能性があるわけですね。
なぜ現代日本で鷹の爪が唐辛子市場を席巻するに至ったのか分かりませんが、なんだか浪漫のある記述でした。

登場する品種がサッパリ分からねえ、という方はこちら(宣伝)

さて、もうしばらく続きます。

"中子如茄子仁甚辣麻唇舌或噎得火則愈烈
生熟用少投羹中或和未醤食之有微香能進食"

「中身は茄子の仁のようでたいへん辛く唇や舌を痺れさせたり咽せさせたりする。加熱するといよいよ激しくなる。青いものも熟したものも、吸い物に少し入れたり味噌と和えたりすると、微かに香って良く食を進める。」
はい、完全にスパイスです。分かる分かる、そんな風に使うと美味いんだよな…。江戸時代においても、やはり辛い品種が一般的だったようですね。
羹というのは肉や野菜の熱いお吸い物のことだそうです。味噌が"未醤"表記なのもいいですね。

"蕃椒近來之物誰人始用之耶殊不理所推
食蕃椒噎者急吃沙糖則解之或吃濃未醤汁亦佳"

「蕃椒は最近の食べ物である。誰が最初に食べ始めたのだろうか。とりわけ道理からいって人に勧められるようなものではない。蕃椒を食べて噎せた人は急いで砂糖を啜れば解決する、または濃い味噌汁を啜るのも良い。」
唐辛子というのは元々観賞用の植物だったという記述もあります。食べるのは一般的ではなかったのでしょうか。当時の日本人にとって、カプサイシンの刺激はひどく新鮮なものだったのでしょう。濃い味噌汁を啜るっての、良いですね。


さて、こんなところで今回は以上です。
今までゴリゴリ実験ネタな記事が多かったので文系に振り切ってみました。

唐辛子以外にもネタはたくさん見つかっております。続きが気になるという物好きな方はどうか気長にお待ちください。




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