ひきこもり男子の日常

事の顛末(4月10日から5月1日まで)【長いよ】

まいど、黒井です。

この3週間のいきさつを、すべて暴露します。

まずは4月10日から14日までのこと。この4日間に起きたことはすでに別のノートにまとめています。

4月15日。

14日の晩にコンビニでばったり旧友に出くわし、大泣きしたぼく。その詳細は上に示したノートをご参照ください。

翌日の15日。昼食にケンタッキーのフライドチキンを食べた数時間後、みぞおちの辺りに激痛が。

4月10日から14日までの間に起きたさまざまな出来事によるストレスが蓄積されたところへ、あぶらっこいフライドチキン。その結果、急性胃炎を発症しました。

4月16日、17日。

調べてみると、急性胃炎を起こした際には「絶食」をすると良いとのことだったので、16日は絶食をし寝て過ごしました。

そして17日。胃炎によるみぞおちの痛みと、ひどい胸焼けは治まってきましたが、尿の色が濃い。

下痢によって脱水状態となり濃縮尿が出ているだけだろうと楽観するいっぽうで、昨年末のことが、脳裏をよぎります。

昨年末、ぼくは胸のあたりがひどく痛み、近所の内科を受診しました。

肥満がゆえに心肥大があり、心臓に負荷がかかっているということ以外には問題はありませんでした。

しかし、そのときに行った尿検査において、「尿蛋白」が検出されていたのです。

胃の痛みが収まり、胃炎が良くなってきているという実感があるなか、いっぽうで「尿の色が濃い」という問題が。

この色の濃い尿が「濃縮尿」ではなく「血尿」だとしたら、尿蛋白のこともあるから「腎臓」に何か起こっているのかもしれない。

疑心暗鬼になっていきます。

4月18、19、20日。

4月10日に母方の祖父が亡くなったということもあり、この3日間、両親と兄弟たちは、そのお通夜、お葬式に出席していました。

ぼくは「親戚が集まる場」に出向くのが恐ろしいこと、および「体調不良」のため欠席することに。

しかし、欠席したからひと安心というわけにもゆかず。

いざひとりぼっちになると、胃部にある不快感、膨満感、胸焼け。依然として色の濃い尿。胃だけでなく、腎臓にも何かあるのではないか?

いちどそう思い込んでしまうと、居ても立ってもいられなくなり、ひどい不安感、恐怖感に苛まれました。

とくに腎臓については、調べれば調べるほどに恐ろしく感じました。

いちど低下した腎機能は二度と回復しない、沈黙の臓器とも呼ばれる腎臓はその疾患を発見したときにはすでに手遅れであることも多いなど、不安で胸がいっぱいになっているぼくを狂わせるには、充分過ぎる情報ばかり。

コントロール不能となり、暴走をしはじめた不安感は、体のこと、病気のことだけでなく、働くのが怖くてたまらないこと、しかしながら働かなくては生きていけないことなど、不安感の「源泉」からかけ離れたことにまで影響を及ぼすようになりました。

いっそのこと首をくくってしまおうか。

そのときは、本気でそう、考えていました。

4月20日から23日。

23日までの3日間で、腎臓に関するウェブ上の記事を数百ページ、そして腎臓に関する書籍を2冊読みました。

腎臓には毛細血管が無数にあります。動脈硬化が進行していたり、糖尿病で血糖が高く血液がドロドロになっていたり、あるいは単純に血行が悪い場合、血液が腎臓の毛細血管のすみずみまで行き渡らない。その結果、ろ過装置としての腎臓の機能が損なわれていく、らしい。

さいわい、市販の検査キットを利用して尿検査を行うと、尿糖は出ておらず、おそらく糖尿病ではないでしょうし、血圧もつねに基準値内です。

となると「純粋に血行が悪く腎臓に充分な血液が行き渡っていない」という可能性があるので、つねに「腹巻き」をするなどして体を温めたり、ストレッチや、ツボ押しをして血行を促進するよう心がけました。

そして23日。

ようやく母の手が空き、病院へ行くことができました。

このとき「自分はなんて情けないのだろう」という自己嫌悪のただ中にいました。ひとりでは病院へ行くことさえ出来ない。そう思うと、涙が止まりませんでした。

いざ病院へ行っても「急性胃炎」のことしか言えず、気になっていた「腎臓」のことはまったく訊くことができません。あまりに精神不安定であったためか、医師は胃腸の薬と一緒に、抗不安薬を処方してくれました。

5月1日。

4月23日以降ずっと「腎臓」と「将来」のことでひどい不安感、恐怖感に苛まれ、頓服薬として処方してもらった抗不安薬、ジアゼパムは、まいにち欠かさず服用していました。

ベンゾジアゼピン系の薬は依存性が高いので、あまり常用すべきではありません。しかし、激しい不安感をどうにか手懐けるためには、まいにちの服用が必要でした。

自分にできることをしている。そういう実感はあるのに、気分はひどく落ち込んだまま。片時も不安感から解放されることはありません。眠りについてもほんの数分で起きてしまい、しばらくのあいだ、重度の不眠状態がつづきました。

そしてきょう、5月1日。

(もうきのうになっちゃったけど)

尿検査の結果を聞きに内科へ。結果は「尿蛋白陰性」とのこと。自宅で計ると必ず尿蛋白が出ていたのにも関わらず、病院では陰性(それも基準値である15をゆうに下回る10未満という数字)でした。

医師いわく「ふつうのひとでも尿をとるタイミングや生活習慣によって尿蛋白が一時的に出ることはある」とのことでしたが、個人的に計った結果としては数日のあいだ連続して蛋白尿が検出されていたのだけど……

尿糖も出ておらず、糖尿病の可能性も低いとのことで、つまるところ「まったく問題なし」と診断されたのです。

喜ばしいことだ。しかしながら、医師を信頼していないというわけではないが、自分で計ったときの「まいにち尿蛋白が出ている」という記憶があるので、そうやすやすと「大丈夫なんですね。よかった」とは納得することができません。

ほっと胸をなでおろす反面、いまだ訝しんでいる自分もいます。

104。

この数字はきょうのぼくの体重です。

4月の中旬までは「109キロ」ほどあったので、たった2週間で5キロも痩せたことになります。

(おとといにいたっては「103.8キロ」だった)

急性胃炎が起こり絶食したこと、また猛烈な不安感でこれまで以上に体に気を使っていたことで、ここまでストンと痩せることができました。

急激に痩せることはあまり好ましくはありませんが、痩せられないよりは良いでしょう。

めげずに、これからもダイエットするぞ。


黒井。

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