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名物サポーターが目指す<究極の支援>とは?|人物ルポ:ツンさん

 サッカーワールドカップ大会開催のたびに現れる、ちょんまげ姿の名物サポーター。名前は知らなくても、大観衆のなかでひときわ目立つその姿を知っている人は多いのではないか。

 この人の名前はツノダヒロカズさん、通称ツンさんだ。ニュースにも度々取り上げられるツンさんは、ネット上にも多数の記事が公開されている。それらを読んでいて、私は思った。

「この人が本当に言いたいことって何だろう」

 ネット記事には、筆者が書きたいこと・読者が知りたいことが書かれている。しかしツンさん本人が言いたいことはどこにもないように思えた。ツンさん自身もSNSで情報発信をしているが、最も訴えたいこととは何なのだろうか。

 今回取材する機会を得たので、正直に疑問をぶつけてみた。

蒸し暑い夜に

 2022年9月初頭の夜。猛暑ピークは過ぎたが、夜でも蒸し暑い日だった。この熱さにも関わらず、ツンさんはわざわざちょんまげを被って取材に応じてくれた。

 今回のオンライン取材は、複数人で行われる。担当が交代で質問するスタイルで、一人の持ち時間は10分。長い話はできない。

 初めて会ったツンさんは腰が低くて、とても気さくな人だった。どんな質問にも熱意たっぷりに答えてくれる。
 しかし言葉も想いも溢れているのだろう。簡単な質問にも丁寧に答えてくれるため、一回の質問で10分を使い切ってしまう。

 もっと簡単な答えがくると思っていたので、取材陣は驚いた。ちなみに、書き手としてはありがたいことなので、止めない。というより、止めるヒマもなく聞き入っていた。

 そんな中、私の番が回ってくる。そして私は尋ねた。

「もし潤沢に資金があったら、何をしたいですか?」

 ツンさんの活動を見ていると、いつも資金不足で困っているように思えた。だから資金面の不安がなくなることで、ツンさんの本音を引き出せると思ったのだ。

 この質問を聞いて、ツンさんの軽妙な喋りが止まった。喜びを噛みしめているようだった。ついにこの質問が来たかと。

「いい質問ですね!」

 喜びを味わった後、ツンさんが語ってくれた。質問に対する回答の前に、前置きとして「大学の講義で話す内容」を話してくれた。

僕は釣竿を渡したい

 エチオピアに、30年以上にわたって植林する女性がいる。しかしその取り組みは世間に知られていない。

「2万本植えても3万本植えても、誰も注目してくれない」

 やりきれなさを抱く彼女に、偶然知り合ったツンさん。彼女の力になれればと「サッカーワールドカップ大会が来るたび、4年ごとに植林すること」を提案した。大会に便乗して、ちゃっかり宣伝してもらおうというのだ。

 読者の中には「宣伝に大会を利用するなんて!」と不快に思う人がいるかもしれない。しかしそれくらいの機会がないと、誰も注目してくれないのが現実だ。特に発信力のない素人だと、なおさら。だから使える機会は有効に使おうというのがツンさんの計画だ。

 こうしてお手伝いのためエチオピア入りしたツンさん。ちょんまげ姿は地元の子供たちにも好評で、早速交流を深めていった。

「エチオピアに行くと、子供たちが『何かくれ』って言うんですよ。そしたら鉛筆とか、何かあげたくなりますよね。でもダメなんです。女性に怒られました」

 その理由を聞いて、我々取材陣は言葉を失った。

「一度あげてしまうと『もらえる』という成功体験を子供たちは学習します。すると、またやります。乞食行為が当たり前になってしまうんですよね。

 一方、僕は震災後のネパール(※2015年に発生したマグニチュード7.8の地震。約9000人の死者が出た) に行ったんですが、誰も『何かくれ』なんて言いません。
 被災したネパールの方たちは、これまで物乞いをする経験がなかったからです。

 しかしエチオピアの子供たちは学んでしまった。するとどうなると思いますか。彼らの中で競い合って、物乞いテクニックが磨かれるんです。
 前に行った時は書類を出されて『ここにサインしないと(※お金を払わないと)、この先には行けない』なんて言われたこともあるんですよ。あれには驚きましたね」

 子供たちを物乞いにさせないためにも、物をあげてはならない。ツンさんは強く学んだという。

「よく言いますよね。『魚ではなく釣竿を渡す』って。だから僕も釣竿を渡したいんです。魚は食べたら終わりだけど、釣竿なら釣ってまた食べられる。循環するんです。
 最近SDGsとよくいわれてます。日本語にすると『持続可能な』って意味になるんです。どのテーマでも、循環させることは共通事項なんです」

釣竿を配るとどうなるか

 では、具体的にどうやって釣竿を配るというのか。ツンさんは続けた。

「被災したネパールへの支援として、まずは洋服などの生活必需品を送りました。その次に、子供たちへの学習支援があります。そして第三の支援として、コーヒーの木を植えます

 ネパールにコーヒーの木を植える。この情報だけ聞くと、大したことがないように思う。すでにコーヒーは世界的なシェアを満たしている。わざわざアジアでコーヒーを育てる意味があるのだろうか。しかし地元での意味を考えると、見方が変わってくる。

「ネパールはアジアでも最貧国です。一世帯当たりの年収は20万円くらいでしょう。山が多い国なので、農作物はアワやヒエ、よくて米しか育ちません。自分たちが食べるものばかりで、輸出して売れるような価値を生まないんですよね。

でもコーヒーなら、価値を生みます。ネパールの人たちが食べる分を確保しつつ、年収を5~7倍にアップすることができるんです」

釣竿を配った後は?

 でも本当に、貧困にあえぐ人々は自立できるのだろうか。ツンさんは「コンポン・チュナン焼きってのがあるんですけど」と話を続けた。取材陣の誰も知らず、首を傾げながら続きを聞いた。

「カンボジアにコンポン・チュナンって町があって、昔から素焼きをしているんですね。現地では食べ物を入れて、食べ終わったら割るような扱いです。その皿を1枚焼いて10円。日給で100円にもならない状態です。

 それが日本に益子焼きってありますよね。益子国際陶芸協会が窯業技術支援活動に協力してくれて、コンポン・チュナンに高温度で作陶できる窯を作ったんです。そしたら、1枚10円の皿がどうなったと思います? 今表参道で1枚2万円で売られているんですよ。

 親たちの収入がアップしたおかげで、地域の子供たちの就学率が10%から80%に上がったんです」

 こういった事例を応用して、ネパールでも同様の支援ができるのでは、とツンさんは考えている。
 ちなみに、このカンボジアの事例にツンさんは関わっていない。しかし我がことのように、嬉しそうに、そして誇らしげに語ってくれた。

もしお金があるなら…

 ここで話は、いよいよ核心に迫る。

「もし僕に潤沢な資金があるなら、持続可能なシステムに投資しますね。マイクロファイナンスって言葉があるんですが、それをやりたいです。少額でお金を貸し出して、『自分たちで商売しろ』っていうんです。

 僕たちが事業を起こすと、地元の人はレールに乗った状態ですよね。そうじゃなくて、地元の人主導で動いてもらうんです」

 不平等だと批判されることもあるが、それを自覚したうえで活動を続けている、とツンさんは話す。

「よく僕の支援に対して『不平等だ』と言われることがあります。でも、それは自分でもわかっています。わかった上で最も平等になる形を考えた時、『機会』を平等にしようと思ったんです。

 一度貸したお金が戻って来ないかもしれない。でもそれでいいんです。もし戻ってきたら、また貸して。それをどんどん続けているうちに、彼らの自立に繋がっていけばと思うんです」

 素晴らしいプランに、私は言葉を失った。ただもう、拍手したいばかり。心からの称賛を送りたくなった。

でもお金がないから…

 ツンさんが思い描くプランが実現すれば、世の中は確実にいい方向へ向かうだろう。だが忘れてはならない。ツンさんは個人活動であることを。

 悲しいことに、現在ツンさんを支援したいという大金持ちはいない。ツンさんの活動はすべて個人レベルの寄付に支えられている。そしてツンさん自身も法人や団体ではなく、個人での活動だ。悪い言い方をすれば「個人の趣味」である。

 それなのに、ツンさんには心ない言葉が寄せられる。「海外に行けない子が可哀そうだ」「平等になるよう、寄付金は学習支援に使え」といった不平等・不公平を訴える声が多い。しかし、個人がそこまでやる理由はない。そして大規模な支援ができるほどの資金もない。国や自治体レベルで行うべき支援を、ツンさんに求めるのはお門違いなのだ。

 活動が取り上げられるせいで、ツンさんを「スゴイ人」「お金を持っている人」と思う人も多いと思う。実際私もそう思っていた。しかし、生身のツンさんは世話焼きな、普通のおっちゃんだった

少しの行動が、支援になる

 最後に、失礼を承知で私の本音を述べた。

「今回ツンさんについて調べたのですが、お金を集める仕組みがないと思っています。だからてっきりクローズドな集まりというか、限られた人しかツンさんの活動に参加できないと思っていました。もっと広く支援を集めるつもりはないんですか?

 ワールドカップ大会時ばかりに注目されるツンさんだが、実は通年活動している。そして募金や援助も常に足りない状況だ。

それなんですよー!」とツンさんは声を上げた。

「今もカタールのワールドカップ大会に子供たちを連れて行くって計画を立てているんですが、まだまだ資金が足りない状況で。もっと広めたいと思ってるんです。だから今、頑張ってサイトを作ってます!」

 ツンさんは苦しそうに笑った。実はツンさん、文字を書くのが苦手とのこと。だから今回の取材も前のめりで快諾したそうだ。

「僕のことはバンバン書いちゃってください。むしろどんどんネットで宣伝してほしいです。僕にとっては、代わりに書いてくれることが何よりも支援になります

 ボランティアというと、募金や現地での支援ばかりだと思っていた。だから私にはボランティアは無理だと諦めていた。しかし書くことが、SNSで拡散することが支援になるとは。21世紀のボランティア事情に触れて、目から鱗が落ちた。

取材を終えて

 こうして取材は幕を閉じた。約1時間の取材だったが、時間経過とともに熱量は増すばかり。ツンさんは想いを伝えきれない様子だったが、次の支援予定が入っているので時間通りに終了した。ちなみに、終了時刻は20時30分。この後も予定があるなんて、バイタリティーがすごすぎる。

 オンライン回線を切った時、私はじっとりと汗をかいていた。9月の暑さのせいか、ツンさんの熱意のせいか。岩盤浴でデトックスした後のような、清々しい心地よさを残して夜は更けていった。


ツンさんを支援するには?

 本記事でもあるように、ツンさんは常に人手・資金ともに不足している。もし支援したいと思ったら、気軽にコンタクトを取ってほしい。SNSで話しかけると、一番返信が速い。

ツンさんに取材・講演依頼するには?

 取材・講演依頼はウェルカム。自分の活動を広げたいと願っているので、無償で引き受けてくれるそうだ。だから依頼したい人も支援したい人も、気軽に問い合わせてほしい。

「トモにカタール」かなりピンチです!

 文中にあった「子供たちをカタールに連れて行く計画」は、現在かなり難航している。その様子についてまとめたので、よければ以下の記事を参照いただきたい。

すぐさま支援したい人は、以下へ。





こんなところまで読んでくださって、ありがとうございます!