見出し画像

宮部みゆき作『神無月』を語る 其の壱

                         photo by Osamu137

舞台化の課題

「幻色江戸ごよみ」の第十話。この一冊には江戸の風物や不思議を十二の月に充てた珠玉の作品が詰まっている。手元にある新潮文庫の奥付には、<平成十一年一月三十日 五刷>とある。自分が物語を表現するようになった初舞台がこの中の一話で、その時、出版社へ作品使用許諾を取ったメモもそこにある。あれから20年。再び、この一冊からの舞台化を試みた。

神無月の深更、この世の片隅で進行する2つの場面。ー仄暗い居酒屋で、店の親父と不思議な押し込みの謎を語り合う岡っ引き。ー片や、九尺二間の裏長屋で小さな灯り一つを頼りにお手玉を縫う大男。この二場面を行き来しつつ、物語は進行する。

舞台化の初手の課題は、夜の闇と2場面の灯りの変化。設備の揃ったホールなら、お任せすれば済むが、自分の舞台は築八十年を超える登録有形文化財の〈一欅庵〉。もう十年以上、ご家族が熱心に保存活用に力を注いている聖地のような日本家屋である。本番を旧暦の神無月にあたる11月初旬に定め、〈一欅庵〉が醸し出す邸内の仄暗さを活かし創意工夫を重ねた。縁側の御簾をおろすと、現代の家とは比較できない薄い闇に包まれる。11月の日没は16時23分。その頃に上演時間を設定し、照明を作り込む。交互に展開する二つの場面を象徴するのは行灯と瓦灯。〈一欅庵〉の道具を見せて頂くと、何と、龕灯(がんどう)が出てきた。江戸時代に発明された携帯用ランプの一種で、 正面のみを照らし、持ち主を照らさないため強盗が家に押し入る際に使ったとか。目明かしが強盗の捜索に使ったとも言われる、時代劇の捕物シーンでよく登場するアレだ。持ち手の動作でどんな角度になってもロウソクの火が倒れない。これを何とか上手いこと使えないかーとも考えたが、泣く泣く諦め、和紙の行灯と香炉に光源を仕込むことにー。舞台の照明は、手持ちの道具をやりくりすることで、何とか目途が立った。

舞台に上がるのは、語り手と津軽三味線弾き二人。舞台の照明を自ら操作しつつ表現するのは可能かー。色々シミュレーションするが、むむむ、無理だ。スタッフを頼もう。こういう地味で気を遣う作業は、誰にでもお願い出来るわけでは無い。はてさて…あ、ひとり居る!本業は旅行関係で、舞台経験も豊富。尚且つ繊細な感覚を持ち、我々と仕事も度々共にしている、Youさんだ。しかも、住まいも近くリハーサルもしやすい。この御時世であり、ある意味、門外な依頼を引き受けてくれるか不安だったが、ご快諾頂き胸をなでおろす。

リハーサルを重ね、Youさんとの息も合ってきた。後は現場だ。イメージ通りの効果が得られるだろうかー。

2日間3公演の前日仕込み。〈一欅庵〉の多大なるご理解とYouさんの活躍で、「本番、これで行ける!」状態まで持って行くことが出来た。

そして当日、換気に配慮しながら、更なる闇を求め、上演中のみ雨戸を閉めた。演者とお客様の集中度も高まる。〈一欅庵〉ならではの、夜も更けて、仄暗い居酒屋と長屋…世の片隅で展開する物語『神無月』となった。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?