日本近未来話 第一話 桃太郎2.0
むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日のこと、おじいさんは山にキャンプに、おばあさんは川へゴミ拾いに出かけました。
おばあさんがかわべりに散乱しているペットボトルの容器や買い物用のポリ袋をせっせ集めていると、上流から何か流れてきました。一見して桃のようです。
「どんぶらこっこ、すっこっこ。どんぶらこっこ、すっこっこ」
「おやおや。おいしそうな桃だこと。おじいさんに持って行ってあげましょう」
おばあさんはそう言いながら、腰をかがめて桃をとろうとしましたが遠くって手が届きません。おばあさんはそこで
「あっちの水はかあらいぞ。こっちの水はああまいぞ。かあらい水はよけて来い。ああまい水によって来い」と歌いながら手を叩きました。すると桃はまた、
「どんぶらこっこ、すっこっこ。どんぶらこっこ、すっこっこ」
とおばあさんの前に流れてきました。おばあさんはにこにこしながら桃を手にしました。
「おやおや、これは寄せ木細工のような3Dパズルの桃じゃないか、よくできてること」
おばあさんは3Dパズルの桃を拾い上げて、プラスチックごみと一緒にえっちらおっちら家に戻りました。夕方になってやっとおじいさんはキャンプから戻ってきました。
「ばあさん、今戻ったよ。やはり何だな、山頂で飲むコーヒーは絶品だな」
「おや、おじいさんおかいんなさい。キャンプだかサバイバルゲームはどうでした?待っていましたよ。さあ、早くお上がんなさい。いいものをあげますから。楽しめると思いますよ」
「それはありがたいな。何だねその良い物というのは」
おじいさんは迷彩服とミリタリーブーツを脱いで上にあがりました。その間におばあさんは戸棚の中からさっきの桃を持ってきました。
「ほらご覧なさいこの桃を」
「ほほう、これはこれは。どこからこんな見事な寄せ木細工を買ってきたんだい?」
「いいえ。買ってきたのではありません。今日川で拾ってきたのですよ」
「えっ、なに、川で拾ってきた?それはいよいよ珍しい」
こうおじいさんは言いながら、3Dの桃を両手にのせて、ためつ、すがめつ、眺めてますと、だしぬけにLEDのようなライトがまたたき、桃を構成しているピースがカシャカシャ動き始め、最後にはぽんと2つに割れて中からメモリーカードが飛び出しました。
「おやおや、まあ!」おじいさんもおばあさんもびっくりして2人一緒に声を立てました。
おじいさんが早速パソコンを立ち上げてカードを読み込むと、そこにはびっしりと遺伝子コードが書かれていました。これはどうやらヒトゲノムに違いないと確信したおじいさんは村に唯一の研究所に依頼してゲノム編集ベビーを誕生させることにしました。
なんでもクリスパーと呼ばれる遺伝子編集技術が使われるということでした。いわばデザインベビーです。おじいさんとおばあさんは今か今かと首を長くして赤ちゃんを待ちました。いい加減待ちくたびれるほどのときが過ぎたころようやく2人の元へかわいらしい赤ちゃんがやってきました。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
勇ましいうぶ声を上げる元気な男の子です。おじいさんとおばあさんは早速お湯を沸かしてうぶ湯を使わせようとすると赤ちゃんはおばあさんの手を払いのけました。
「あらまあ、なんて元気の良い赤ちゃんなんだろう」
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせて、「あっは、あっは」とおもしろそうに笑いました。そして桃から生まれた男の子ということで桃太郎と名付けました。
おじいさんとおばあさんはそれはそれは大事に桃太郎を育てました。桃太郎の成長は恐ろしく早く同年齢の子供と比べて体力、知性は比べものにならないほど優れていました。さすがにデザインベビーです。
体が大きく、ばか力の桃太郎はすもう一つとっても近隣の村じゅうでかなうものは1人もおりませんでした。そのくせ気立ては人一倍やさしく、おじいさんとおばあさんによく孝行しました。
桃太郎は15才になりました。もうその頃には日本国中で桃太郎にかなうものがいないぐらいに強くなっていました。桃太郎はどこか外国に行って、腕いっぱいの力試しをしたくなりました。
するとそのころ、ほうぼうの外国の島々を巡って帰ってきたひとがあって、いろいろめずらしい、ふしぎなお話をした末に、
「もう何年も何年も船を航行させていくと、遠い遠い海のはてに、鬼ヶ島というところがある。悪い鬼どもが、いかめしいくろがねのお城の中に住んで、ほうぼうの国からかすめ取った尊い宝物を守っている」といいました。
桃太郎はこの話を聞くと鬼ヶ島に行ってみたくって、もう居ても立ってもいられなくなりました。そこでうちへ帰るとさっそくおじいさんの前へ出て、
「どうぞ、私にしばらくおひまをください」と言いました。おじいさんはびっくりして、
「お前はどこへ行くのだ?」と聞きました。
「鬼ヶ島に鬼せいばつに行こうと思います」と桃太郎は答えました。
「ほう、それはいさましいことだ。じゃあ行っておいで」とおじいさんは言いました。
「まあ、そんな遠方へ行くのであればさぞやおなかがおすきだろう。よしよし今やどこでも使えるお金をこしらえてあげましょう」とおばあさんも言いました。
そこでおじいさんとおばあさんはお家の真ん中に採掘用マシンを展開しました。高性能パソコン2台、その中には最新の高価なプロセッサーとグラフィックボードを備えています。おじいさんとおばあさんは、
「ぺんたらこっこ、ぺんたらこっこ、ぺんたらこっこ、ぺんたらこっこ」
となにやら唱えながら声をそろえて、ビットコインのマイニングをはじめました。
その間に桃太郎のしたくもすっかりできあがりました。桃太郎はお侍の着るような陣羽織を着て、刀を腰にさして、桃の絵の描いてある軍扇を手に持って
「ではおとうさんおかあさん、行って参ります」といってていねいに頭を下げました。
「じゃありっぱに鬼を退治してくるがいい」とおじいさんは言いました。
「気をつけて、けがをしないようにおしよ」とおばあさんもいいました。
「なに、大丈夫です」と桃太郎は言って
「ではごきげんよう」と元気な声を残して出て行きました。おじいさんとおばあさんは、門の外に立って、いつまでもいつまでも見送っていました。
桃太郎がずんずん行きますと、大きな山の上に来ました。
すると草むらから
「ワン、ワン」と声を掛けながら、犬が一匹追いかけてきました。
桃太郎がふり返ると、犬はていねいに、おじぎをして
「桃太郎さん、桃太郎さん、どちらへおいでになります?」とたずねました。桃太郎はSNSでも人気で誰もが一目見て桃太郎とわかるほどの有名人でした。
「鬼ヶ島へ、鬼せいばつに行くのだ」
「お腰に縫い付けてあるのは何のマークです?」
「まさか、知らんのか?Bに縦線が2本といえば・・・」
「知ってますとも!ビットコインですね。1BTC私に下さい。お供しましょう」
「何?高すぎる!0.0001BTCでどうだ?」
しばらく犬は考えてましたが決心したようでした。
「お供しましょう」
「よし、よし、やるからついてこい」犬は桃太郎のあとからついて行きました。
山を下りてしばらく行くと、こんどは森の中に入りました。
すると木の上から
「きゃっ、きゃっ」とさけびながら、猿が一匹かけおりてきました。
桃太郎がふり返ると猿はていねいにおじぎをして
「桃太郎さん、桃太郎さん、どちらへおいでになります?」とたずねました。まったくもう、誰も彼もがオレを知っているのか?うっかり変なこともできないな、動画にでも残されたら目も当てられない、そう思いながらも桃太郎は答えました。
「鬼ヶ島へ、鬼せいばつに行くのだ」
「お腰に縫い付けてあるのは何のマークです?」
「まさか、知らんのか?Bに縦線が2本といえば・・・」
「知ってますとも!ビットコインですね。1BTC私に下さい。お供しましょう」
いったいこやつらの相場はどうなっておるのだ?高すぎるではないか!桃太郎は心の中でそう思いながらも答えました。
「あのなあ、お供の相場は0.0001BTCだ。実績もある。納得できるならついてこい」
しばらく猿は考えてましたが決心したようでした。
「お供しましょう」
山を下りて、森を抜けて、こんどはひろい野原に出ました。すると空の上で「ケン、ケン」と鳴く声がして、キジが1羽飛んできました。
「桃太郎さん、桃太郎さん、どちらへおいでになります?」とたずねました。
「鬼ヶ島へ、鬼せいばつに行くのだ」
そして桃太郎は疑問を抑えきれずにキジに尋ねてみました。
「オレが桃太郎だとわかるのは最近顔が売れてきたのでしょうがない気もする。だが、どうしてここにいるとわかった?」
「犬と猿のアカウントであなたのことが拡散されてますよ。あなたの投稿もシェアされてます。GPSはお切りになった方がいいのではないですか?」
「えっそうなのか?」
これ以上家来は必要ないと思った桃太郎はあわててGPSを許可しないモードにしました。
「やれやれ、これでよしと」
「そうですか。ときに桃太郎さん。お腰に縫い付けてあるのは何のマークです?」
「まさか、知らんのか?Bに縦線が2本といえば・・・」
「知ってますとも!ビットコインですね。1BTC私に下さい。お供しましょう」
「あのなあ、高すぎる。犬も猿も0.0001BTCで手を打った。それ以上は出せん」
しばらくキジは考えてましたが決心したようでした。
「お供しましょう」
桃太郎はここでも疑問を抑えきれずにキジに尋ねました。
「お前らは、口をそろえて1BTCと所望する。なぜいちように1BTCなのだ?」
キジは言おうか言うまいか考えているようでした。
「これはかなりのお得な情報なので明かしたくないのですが、誰にも言わないとお約束できますか?」
「いいから早く言え!秘密は守る」
「桃太郎さんだから特別にお教えしますが、わたくしどもの界隈で、あるお得な案件が出回っているんですよ」
「もったいつけるな。早く内容を言え」
「海外からきたある投資物件です。元金保証で月利10%の複利です。月利10%ですよ。その最低出資額が1BTCなのです」
「めちゃくちゃいい話ではないか?怪しくないのか?大丈夫なのか?」
「信頼できるすじからの紹介です」
「よし、鬼せいばつが一段落したらオレも検討することにしよう。後で教えてくれ」
犬と猿ときじと、これで3人まで、いい家来ができたので、桃太郎はいよいよ勇み立って、またずんずんと進んで行きますと、やがてひろい海にでました。
そこにはちょうどいいぐあいに、船がいっそうつないでありました。おまけに驚くことに水先案内人が2人も今か今かと桃太郎達を待っていました。2人とも黒いスーツに身を包み、黒のサングラスをかけていました。
「桃太郎さん、お待ちしておりました」
「いかにも桃太郎だが、お前達は何者だ?そして、なぜここにいる?」
「私どもはある国の政府機関のものです。あなたの鬼ヶ島の鬼せいばつの噂を聞きつけまして、何かお手伝いできないかとここで待っていた次第です」
「お前達に一体何ができるのだ?」
「私どもはまず安全にあなた達を鬼ヶ島まで案内することが出来ます。そしてあなた達が存分に鬼と戦えるよう後方支援に回ります。そして鬼をやっつけたあかつきにはあなた達を安全に鬼ヶ島から脱出できるよう手配いたします」
「なぜお前達が直接手を下さないのだ?」
「ご存じでしたか?鬼どもの所業はすべて合法なのです。限りなくグレーですがギリギリ法の範囲内です。従って我々政府機関は表だって手を下すことはできないのです」
桃太郎は訳が分かりませんでしたがとりあえず2人を信用することにした。
「報酬は1人あたり0.0001BTCだ。それ以上は出せん。承服できるならついてこい」
黒いスーツの1人が答えました。
「逆に鬼をせいばつできたあかつきには我々の政府からあなた方に報酬をお支払いしますよ。着手金として50BTC、任務完遂で50BTCの合計100BTCでいかがですか?ただし今回の件の我々の関与は他言しないという約束をしていただきますが」
それを聞いた犬と猿とキジは目を輝かせました。
桃太郎と3人の家来は、さっそくこの船に乗り込みました。
「わたくしは、漕ぎ手になりましょう」
こういって犬は船をこぎ出しました。
「わたくしはかじ取りになりましょう」
こう言って、猿がかじに座りました。
「わたくしは物見をつとめましょう」
こう言ってキジがへさきに立ちました。
うららかないいお天気で、まっ青な海の上には波一つ立ちませんでした。稲妻が走るようだといおうか、矢を射るようだといおうか、目のまわるような速さで船は走っていきました。種明かしをするとある国の巡洋艦の先導つきです。海の下では念のため原子力潜水艦が護衛についてます。
ほんの一時間も走ったと思うころ、へさきに立って向こうをながめていたキジが「あれ、あれ、島が」とさけびながら、ばたばたと高い羽音をさせて、空に飛び上がったと思うと、スウッとまっすぐに風を切って、飛んでいきました。
桃太郎もすぐキジの立ったあとから向こうを見ますと、なるほど、遠い遠い海のはてに、ぼんやり雲のような薄ぐろいものが見えました。船の進むにしたがって、雲のように見えていたものが、だんだん島の形になってあらわれてきました。
「ああ、見える、見える、鬼ヶ島が見える」
桃太郎がこういうと、犬も、猿も声をそろえて「万歳、万歳」とさけびました。
見る見る鬼ヶ島が近くなってきました。その鬼ヶ島の一角にそびえ立つ高層ホテルが見えてきました。その高層ホテルの一番高いところにキジがとまって、こちらを見ていました。
こうして何年も、何年もこいでいかなければならないという通称鬼ヶ島、正式名称は北大西洋にある英領バミューダ諸島へほんの目をつぶっている間に来たのです。バミューダ諸島はどこもかしこもタックスヘイブン、いいかえれば租税回避地でした。
そして、ちまたで鬼と噂されているのは、タックスヘイブンで税金逃れをしてる多国籍企業、そしてその手足となっている法律家のことでした。黒いスーツの男2人と、巡洋艦は沖合に残って桃太郎達の鬼退治と、鬼ヶ島からの脱出を支援することになりました。
桃太郎は、犬と猿をしたがえて、船からひらりと陸の上に飛び上がりました。法律家などの鬼どもを相手するには力より知力、体力勝負ではなく情報戦であることは桃太郎も百も承知です。そして長期戦も覚悟しました。桃太郎達は劇団員に扮して情報収集を行いました。
桃太郎達が行うお侍ショー「桃太郎ウィズ家来による鬼退治」はたちまち人気となり、あちらこちらで行われているパーティーの余興としてひっきりなしに声がかかるようになりました。
そもそもヒトと会話が出来る犬とサルがいるだけでも驚きの表情で迎えられました。脳機能学者がいればそれはもうMRIで犬と猿の脳を確認したかったに違いありません。実際は脳に発生する電磁波を共有することで意思の疎通が可能になる仕組みでした。
そうこうしているうちにとうとう最大の機会がやって参りました。バミューダ諸島最大の法律事務所主催のパーティーに呼ばれたのです。入念に計画を練った桃太郎達は鬼達の根城に乗り込みました。その法律事務所はとにかくアリ一匹たりとも入ることができないほど警備が厳重でしたが一旦中に入ってさえしまえばあとは赤子の手をひねるようなものというのが桃太郎達の見立てでした。
さて当日のこと「鬼退治」の演目の最中、出番を終えた犬は自慢の鼻を使ってセキュリティ担当者の匂いを追い、書類などの情報を管理している部屋を割り出しました。日本の伝統芸能を元にした新しい演題「セルフ猿回し」をひとり猿が演じている間に、犬は見張りに立ち、桃太郎は情報を管理している部屋に忍び込みました。
まんまと忍び込むことに成功した桃太郎でしたが、部屋のなかほどにある大がかりなの装置を見て絶句してしまいました。装置にはおびただしい数量の何本もの銅と思われるパイプがつなぎ込まれています。一見して冷却目的だということはすぐに分かりました。これらの形状から推察するにこの装置は間違い無くある物を指し示していました。
「量子コンピューターか」桃太郎はつぶやきました。まだ試験段階だと噂されている量子コンピューターですが、すでに汎用機が出回ってるようです。これはタックスヘイブンの顧客リスト以上のスクープなのではないか?桃太郎一瞬そう思いましたが、オレがしたいのは鬼せいばつであって、量子コンピューターが実用段階にあることのリークが目的ではない、とすぐに考えを改めました。
それにしても量子コンピューターです。桃太郎はがっくりと肩を落としました。この端末のパスワードの解読なぞオレが生きてる間に出来るわけがない。スーパーコンピューターを破ることなど量子コンピューターであれば一瞬かもしれないが、その逆であればスーパーコンピューターを何台用意しようがかないっこありません。
桃太郎は絶望感に打ちひしがれながらもブルートフォースアタック、パスワードスプレー攻撃、辞書攻撃など頭に思い描きながら、ダメ元で量子コンピューターのパスワードの解読を試みました。驚いたことに初回で桃太郎は量子コンピューターのセキュリティを突破してしまいました。
あまりにも芸が無さ過ぎて、桃太郎はそのことに喜びよりも怒りを覚えてしまいました。
「なんでこんなパスワードにするのだ!いい加減にしろ!」
桃太郎がだめモトで試しに入力したIDは「admin」パスワードは「Password123」でした。一瞬でOSが立ち上がりました。桃太郎はそのパソコンの中から慎重にタックスヘイブンで税金逃れをしている顧客リストのファイルを割り出し、その全てを小さな小さな記憶媒体にコピーすることに成功しました。
記憶媒体は小さいなりですが容量は5テラバイトもありました。そして、さすが量子コンピューターです。処理能力がべらぼうに高いため膨大なファイルのコピーでしたが1秒もかかりません。桃太郎は難なくタックスヘイブンの顧客リストを手に入れることができました。そして何食わぬ顔で余興会場に戻りました。
最後、再び桃太郎がアンコールに応えて「金棒ジョーク」を披露している間に猿はキジに小さな小さな記憶媒体を手渡しました。キジはそれをくわえてすぐに飛び立ちました。驚いたことにキジは待機している巡洋艦に向かうのではなく、カナダの南ドイツ新聞の支社をめざしました。
実は桃太郎を支援しようとしていた黒いスーツの2人組もある意味、鬼だったのです。そのある国にもタックスヘイブンがあり、桃太郎の鬼退治をだしにして商売がたきのバミューダ諸島のタックスヘイブンの壊滅を狙ったのでした。ですが、そうは問屋が卸しません。早くからそれに気づいていた桃太郎は騙された振りをして、あっさりとそのある国を裏切ったのでした。
こうして桃太郎達が法律事務所でデータを盗んだその3日後、その法律事務所とそこに依頼して税金対策をしていた顧客の名前が世界中に知れわたることになりました。大スキャンダルの勃発です。各国の大物政治家は辞任に追い込まれ、有名人は謝罪会見に追われました。
そのいっぽうで、ある国の巡洋艦はそのリーク後沖合から立ち去ってしまいました。そしてそれからというもの、バミューダ諸島にはマスコミが押しかけ大混乱に陥りました。桃太郎達はその機をとらえ、どさくさ紛れにバミューダ諸島を脱出するのに成功しました。
うちではおじいさんとおばあさんがかわるがわる、
「もう桃太郎が帰りそうなものだが」
と言い言い、首をのばして待っていました。そこへ桃太郎が3人のりっぱな家来をひきつれて、さもとくいらしい様子をして帰ってきましたので、おじいさんもおばあさんも、目も鼻もなくして喜びました。
「えらいぞ。えらいぞ、これこそ日本一だ。いや世界一だ」とおじいさんは言いました。
「まあ、まあ、けががなくって、何よりさ」とおばあさんは言いました。
桃太郎は、その時犬と猿ときじの方を向いてこう言いました。
「どうだ鬼せいばつはおもしろかったなあ」
犬はワンワンとうれしそうにほえながら、前足で立ちました。
猿はキャッ、キャッ、と笑いながら、白い歯をむき出しました。
キジはケン、ケンと鳴きながら、くるくると宙返りをしました。
空は青々と晴れ上がってお庭には桜の花が咲き乱れていました。
さてここで物語を終えるわけにはいきません。今回はタックスヘイブンを一つ潰しましたが、租税回避地は世界中のあらゆるところに存在します。桃太郎は改めて鬼退治を計画することにしました。とりあえずは桃太郎に接触してきた黒いスーツの2人組が所属するある国のタックスヘイブンを攻撃することにしました。
ですが今回の件で桃太郎やら家来たちは面が割れてます。そこで、おとりに使えるものを急きょリクルートすることにしました。このおとりに最適な人物はどう考えても1人しかいませんでした。
桃太郎は舌切り雀のいじわるばあさんを訪ねました。
「こんにちは。おばあさん。相も変わらず強欲ですか?実は税金を節約する方法があるんですけど一つ乗ってみませんか?」
《了》
参照 青空文庫「桃太郎」楠山正雄(パブリックドメイン)底本として利用しました。
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