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『脚長蜂』
少し、陽の光が暖かい日の話だ。
日のあたる窓の傍で本を読んでいると、窓の外に一匹の脚長蜂がいた。
その脚長蜂は一対の後ろ足を引きずりながら歩いている。
只のなんでもない景であるが故に、只、一匹の足を引きずる脚長蜂が、のたうち回るのを見ることしかできなかった。
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あなたは昆虫がお好きかな?そう慌てずとも答えは薄薄わかっているさ。
勿論、言うまでもない。私も、普段虫をまじまじと見るわけではない。何なら間近に見ようとすると、身の毛がよだつほど苦手意識しているぐらいだ。
しかし、少し陽の温かい日の午後、——確かあれは夏が終わって少し気候が涼しく、日の当たる窓際が恋しくなる十月の下旬か、十一月の初頭だっただろうか——私が窓際で本でも読んでいるときのことだった。
ふと一匹の脚長蜂が窓の外にある石畳の上で翅を休めているのを見た。普段なら直ぐに目を逸らす光景の筈なのに、妙にその脚長蜂が気になってしまったのだ。
能く能くその脚長蜂を見ていると、六本ある内の一番後ろの一対の脚をズルズルと引き摺っているのだ。酷く蹌踉めきながら、石畳の上を右往左往し、否、八の字を描くように歩き回っては時折その腹を苦し紛れに動かしながら、その長い脚を引き摺ったまま地上を這いずりまわっていた。
ここで、あなたは何を思おう。
「お前も、この世が苦しいか。」
その一寸ばかりの小さなカラダにも、幾度となく遭遇する困難は人と大差のないものだと悟るだろう。
歩き回っていたそのカラダを一瞬静止させ、その翅をバタつかせて飛ぼうとも、地上からは離れられず、仰向けになってしまったのだ。何かに苦しむように踠くその姿はまるで、自らの毒に侵されるように、又、馬乗りになった誰かに首を絞められるようであった。
仰向けに踠いていたのはほんの数秒のことだったが、やはり数分経ったのではなかろうか。その脚長蜂が持つ薄く延べられた鼈甲のような翅を勢いよくばたつかせるかと思えば、その後の光景は無慚にも、飛べず地に叩きつけられるだけであった。
そのような無謀にも思われるような羽ばたきは、数回にわたって続けられたが、いずれも地からは離れられず、却ってその地に叩き付けられるだけであったのだ。
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何度も繰り返された離陸は、すべて失敗に終わっていた。
次に起き上がることができた時には既に遅く、その一寸ばかりのカラダは静かに、動くことはもう無かった。
そこには“生きていた”という過去と、その一生分の苦しみが遺されていた。
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最後まで読んでいただいてありがとうございます
この脚長蜂は、実話です。
またよろしくお願いします。
梔子。
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