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ホールデン・コールフィールドとカート・コバーン

最近『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいる。野崎訳のやつで、読むのは5回目くらいだと思う。これは中学生か高校生くらいのホールデン・コールフィールドが主人公の話で、彼が学校を退学になってから街に飛び出して、いろんな出来事を体験しながら大人の社会を否定していくという話です。ホールデンは既にいくつかの学校を退学になっていて、また、学校や街で出会う人たちをとことん否定していきます。彼は自分の頭の中に理想の世界を描いていて(話の中で具体的に語られてはいないけど)、その理想と現実の社会を照らし合わせ、あれも違うこれも違うといった感じで、現実を自分から遠ざけていきます。理想をもって夢をみて、それを絶対に譲らない彼は子どもなので、だんだんと見え始めた大人の味気ない社会を否定せざるを得ないのです。話の後半で、街をさまよっていた彼は、昔お世話になったアントリーニ先生という人の家に行くことになります。そこでホールデンが現実と上手く折り合いをつけられていないことを悟った先生は、彼が堕落の淵に向かっていると警告してくれます。それがすごくいい文章なので紹介します。

「世の中には、人生のある時期に、自分の置かれている環境がとうてい与えることのできないものを、捜しもとめようとした人々がいるが、今の君もそれなんだな。いやむしろ、自分の置かれている環境では、捜しているものはとうてい手に入らないと思った人々と言うべきかもしれない。そこで彼らは捜し求めることをあきらめちゃった。実際に捜しにかかりもしないであきらめちまったんだ」

ホールデンが捜し求める理想と夢は、いまの彼の環境では手に入れることができない。それはあまりにも現実からかけ離れているからだ、ということです。現実をみたホールデンが理想や夢を捜さずに諦めてしまうのではないかと、先生は言うのです。そしてアントリーニ先生は、精神分析の学者が言った言葉の書かれた紙をホールデンに渡します。そこにはこう書かれていました。

「未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある」

ホールデンが、自分の理想や夢を現実においてすぐにつかめないという理由で、それをつかむのを諦め、理想や夢を現実から守るために死んでしまうのではないか。死んでしまうというのはつまり、自殺するのではないか、ということです。理想や夢をもったまま、それをつかめずに現実に生きて、その理想や夢を汚してしまうのならば、いっそのこと自殺してそれを現実から守り抜く。ホールデンがそうするのではないか、先生はそれを恐れて警告しているのです。そして、成熟した人間は、自分の理想や夢が一時的に多少汚れたとしても、その理想や夢を最後につかむために、ちっぽけに現実を生きることもいとわないで進んでいく。そういう生き方もあるんだよ、と先生はホールデンに助言したのだと思います。いい話ですね。

この話を読んで思い出したのが、ニルヴァーナというロックバンドのヴォーカルのカート・コバーンという人です。彼は27歳で遺書を残して自殺したのですが、その遺書にロックアーティストのニール・ヤングの”ヘイ・ヘイ・マイ・マイ”という曲の歌詞が書かれていたそうです。その詩がこれです。

「錆びつくより今燃え尽きる方がいい」

これを遺書に書いて死んだということなので、もちろんカートが、錆びつきたくないために燃え尽きる選択をした、ということです。で、この詩を挙げたのは、さっき引用した『ライ麦畑でつかまえて』の「未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある」と同じことだと思ったからです。カートは理想をつかむために卑小な生を選ばず、理想を汚さないために高貴な死を選んだということです。「卑小な生」は「錆びつく」に、「高貴な死」は「燃え尽きる」と言い換えてみればしっくりくると思います。カートも『ライ麦〜』が好きでよく読んでいたらしいので、自殺する前にはホールデンと自分を重ね合わせていたんじゃないかと思います。そして、おもいきって「高貴な死」を決断したんだと思います。

このノートを書いたのは、自分もホールデンのように、理想や夢を守るために現実から離れ、堕落の淵に向かいかけていると思ったからです。ただ自分はカートのような決断はしないと思います。というのは、自分はロックが好きで、その影響を受けているからです。ロックがもつ普遍的なメッセージは、『ライ麦〜』の言葉を使っていうと、「卑小な生」を選ぶことだと言えます。なので、僕はロックのメッセージをもって、卑小な生を生き、歳をとったときに理想がどれくらい汚れて残っているか見届けたいと思います。まずは、数年後にくる27歳の1年間をサバイバルすることが目標かな。そして、28歳になったらカートに「ほら、ちょっと錆びついたけど、まだ燃え尽きてないぜ」と言いたいですね。

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