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平和について考えたら、父を思い出した

平和について考えた事を言語化するのは難しいです。私は頭が悪いし。
言葉では表せない事もあると思っています。
うまく文章にするって、プロでも難しいですよね?
プロでも難しいのに私なんかが表現できるわけがない。
でも現時点で自分の考えた事を整理したくて書くことにしました。
ただの覚書です。
特に意味はありません。

子供の頃に父から言われた言葉

「学校の友達に、自分の親が自衛官だという事は言っちゃダメだよ。」
これは小学生だった頃に言われた言葉です。

どうして?
この時は意味が分からなかったから「なんで?」と聞きました。
「自衛官を嫌う人達もいるからね。」とか曖昧な返事をもらったと思います。
その返事の意味は、成長するにつれニュースや討論番組を見るようになって少しずつ理解していきました。(まだ理解してないかも)

自衛官が日陰者である時こそ、国民や日本は平和なのかもしれません。
かつて吉田茂総理が言ったように。
自衛隊が必要とされる時は、外国から攻撃されたりとか、災害派遣の時ですもんね。

私たち家族が、自衛官に対して世間の見方が変わってきたなと実感したのは阪神・淡路大震災が起こった頃だったでしょうか。
大震災など有事の際に、救助に行くというイメージが世間様に定着したからかも知れません。

そういえばPKOのニュースを見た父が、「若い人は大変だ。行けと言われたら行かねばならない。家族も大変だ。」と小さな声でボソッと言った時の事を、今でも忘れられません。
テレビ越しに、父の背中が小さく見えました。

出勤(出勤っていうのかな?)するたびに玄関で正座して「いってらっしゃいませ。」と言っていた頃の事を思い出します。
帰宅すると「おかえりなさいませ。」
いつの時代だよ!
と心の中で思っていた時期もあったけれど、なぜ母がそうするように躾けたのかは、今なら理解できるような気もします。

有事というのは突然起こります。日本は地震が多いし。そうなれば父は帰ってこないかもしれない。家族よりも任務を優先しなければならないのでしょう。だから母なりの心遣いだったのかもしれません。

私は父との関係がうまくいかず、現在は疎遠になっているし、正直に言うと彼がすごく怖くて苦手です。
でもそれとこれとは話が別。

自衛官であった父の事はとても尊敬しています。

私たちの子ども世代や、これから生まれてくる子ども達の為にも、平和であり続けてほしい。

国防の事とか、国際法の事とかは、知識がないから分からないのですが、これなら分かります。
いざとなったら対応しなければならない自衛隊とその家族こそ、強く強く平和を願っているという事です。

世界の平和と秩序が保たれますように。


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