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【号泣必至】 『桜のような僕の恋人』 書評

 この小説を読み終わって、涙が出た。

 元々、「泣ける」「感動間違いなし」等が謳い文句のフィクションに対して、良いイメージを持っていなかった。所詮は作られたストーリー。実際になかった出来事。だから、この小説を手にとった時も、大した期待がなかったというのが正直なところである。

 主人公の朝倉晴人は、カメラマンを目指して上京するも、志半ばで諦め、レンタルビデオショップでアルバイトをして生活していた。

 そんな彼が足繁く通うのは、美容室・ペニーレイン。そこで働く美容師の有明美咲に会うためである。晴人は、ひたむきに仕事を頑張る美咲の姿に恋をした。早春の桜が見頃の季節に、晴人が美咲を花見のデートに誘おうとするところから、この物語は始まる。

  いつもの通り店を訪れ、髪を美咲に切ってもらう。しかし、晴人は緊張から、中々デートの誘いに踏み出せない。当たり障りのないトークが続く。そんな中、美咲が桜の話題を口にした。このタイミングを逃したら次はない。晴人は意を決して、勢いよく振り返り、誘いの文句を口にしようとした。

 その時、美咲が青ざめた顔をしていることに気がついた。不思議に思っていると、自分の耳から血が滴り落ちた。美咲が誤って、晴人の耳たぶを切ってしまったのである。店内は阿鼻叫喚の嵐。晴人は急いで病院へ向かうことになった。

    治療を済ませ病院を出ると、そこには美咲の姿があった。怪我をさせてしまったことを泣いて謝る美咲。「なんでもしますから!」という言葉を聞き、晴人の頭にある考えが頭を過ぎる。気がつけば、その言葉を口にしていた…。

「じゃあ僕とデートしてください!」

 渋々デートを了承した美咲であったが、晴人の真っ直ぐで熱烈なアプローチにだんだん心が惹かれていく。二人はこの事故をきっかけに、恋人同士になった。

 しかし、幸せな時間は長く続かなかった。美咲の身体に異変が生じ始めた。白髪が増える。体調を崩すことが多くなる。心配した兄に連れていかれた先の病院で、ある病気が発覚する。

 その名前は「ファストフォワード症候群」。人の何十倍もの早さで歳をとってしまう病気である。体力が急激に衰え、容姿は半年で老婆のようになってしまう。美咲のショックは尋常でなかった。

 何よりも恐ろしいことは、老い衰えていく自分の姿を、大好きな晴人に見られることだった。晴人はきっと自分を嫌うに違いない。美咲は悩んだ挙句、晴人と別れることを決意する。

 ……とにかく切ない。会いたいけど会えない。そんな美咲の気持ちを思うと、胸が締め付けられる。好きな人の前では綺麗でいたい。女性なら、誰もがそう感じるはずだ。病気は残酷である。

 話が転換するが、晴人は美咲との出会いをきっかけに、再びカメラマンの夢を追うことにした。しかし、懸命に頑張る中で、自分はどんな写真を撮りたいのかが分からずにいた。その答えを、物語の最後で見つけることになる。

 この結末はぜひご自身で確認していただきたい。冒頭に記した通り、私はフィクションによって心を動かされることに懐疑的であった。しかし、この小説を読んで、私はそうした見方を改めなければならないと感じた。

 人が心を動かされる時、そこには必ず愛があるのではないか。誰かの為に生きること。誰かの幸せを願うこと。その大切さに改めて気付かされた小説であった。

 

 


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