あなたに会えてよかった①夏の勤労青年と老婆
私は言葉によって生かされ、導かれ、
縁もゆかりもなかった土地へと行き着いた。
異国での生活の中、
忘れていた記憶がふいに甦り、その感触を確かめるように、煙草に火をつけるのだった。
アルバイトとはいえ、汗と埃にまみれた自身の境遇を恨めしく思った。
建設現場での辛い作業に慣れてくると、
海へでも遊びに行っているのだろう、友人達の事がふと思い浮かんだ。
(ったく、かったりいな、、、)
誰にともなく悪態をついた。
例の如く暑かったある日、私は午前中の作業を終え、セブンイレブンで購入した栄養ドリンクを即座に飲み干し、弁当を片手に作業現場へ戻る最中だった。
おばあさんは重そうな買い物袋を抱えて、
少し苦しそうに歩いていた。
自身の清潔とはいえない身なりを恥じつつ「よかったら荷物を持ちましょうか」と声をかけた。
おばあさんの家は想像していたよりも遠く、
団地の5階だったと記憶している。
階段を上がり、玄関先へ荷物を下ろすと、
「冷たいお茶だけでも飲んでいって」としきりに勧められた。
汚い格好で他所様の家に上がらせてもらう訳にはいかなかった。加えて今日の昼休憩はなさそうだと浮かんだ苦笑いを隠した。
玄関先に腰を下ろして、冷たいお茶と茶菓子をご馳走になり、世間話をして、玄関を出る間際、
おばあさんは言った、
「あなたを産んでくれたお母さんにお礼をしなければならないわ」
呆然としてしまった刹那、母親の顔が浮かんだ。
学校の教師に「生活態度が悪い」と詰られ、
落ち込んでいる表情がやるせなかった。
(おい、母ちゃん聞いてくれよ)そんな心境だった。
あれから20年以上が経った。
おばあさんはどうしているだろう。
私の気まぐれな行為など、覚えていなくてもいいのだ。
けれど、あのとき言えなかった、
感謝の気持ちを伝えたいと痛切に感じた。
おばあちゃんの言葉が指針になり、
僕はインドまで行ってきましたよ、と。
<永遠は一瞬、一瞬は永遠>
そんな一節の詩が浮かんだ。