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夜露と奴隷とアルミホイル

25時04分、191kcalという数字に驚愕した。

遡ること約20分前。
およそ市井の人々が寝静まっているであろう時分であるから、玄関の鍵をつとめて静かに掛ける。
ペラッペラの買い物袋をぶら下げ、夜通し開いているスーパーマーケットまでアルミホイルを買いに行くのだ。
日付をまたいだ頃にアルミホイルが必要なのか。
否である。
私はアルミホイルを頭に巻かないと寝付けない体質ではないし、家人が寝静まってから丸めたアルミホイルでシンクの隅を刮ぎたい勤労の徒でもない。
ただ単純に、アルミホイルが欲しくなったのである。
20分ほど歩けば街灯りに手が届く。
スーパーマーケットでアルミホイルが買える。
ハイになれる”あの粉”も買える。
85gで3〜400円とコスパ抜群の代物だ。ちょうど切らしていた。あれは絶対買おう。
ついでにスマートウォッチのウォーキング記録もONにしておこう。
なにしろ真夜中にアルミホイルが欲しくなったのだ。
決してダイエットの為などではない。

通りへ出ると、視界に入る人影は常にひとり、ふたり。車通りも少ない。
そのくせ街灯は煌々と点っているし、ぽつりぽつりと道標のごと、開いてもいない商店の看板がアスファルトの細かな凹凸を浮き立たせている。
家々にそぞろ並ぶ車、車、車。
可愛らしい色合いの小さいのも、いかつい目をした流線型の奴も、大きなタイヤを見せつける屈強な者も、ひとしく夜露に濡れている。
見上げれば交差点を見下ろす丸い鏡もうっすら曇っているようだ。
細い道に入ればいっそう人通りは無い。
星のない空の下に自分自身と、色とりどりの家の壁と、濡れて光る車どもが街灯の青白い光を浴びているのみだ。
両耳に音楽を詰め込んで、アルミホイルを買いに行くだけ。
この自由で清々しい時間を求めて繰り出したのだ。
決してダイエットの為などではない。

話を戻そう。
スマートウォッチの画面には191kcalと表示されていた。
191kcalは例えればコンビニの鮭おにぎり1個に相当するらしい。
消費できたのは、たかがおにぎり1つ、それだけだった。
驚愕は絶望に変わる。
スーパーマーケットの看板の無機質な光が、惨めに佇む中年の額を照らしている。
所詮はその程度だ、と。

そういえば「痩せない、痩せない、痩せないよー!」と陽気な歌を歌っていた人が居た。
俳優としても達者な人だったが、あるとき覚醒剤かなにかでお縄となったのである。
思い返せばあれは政府の陰謀ではなかろうか。
「痩せない」という事実に大衆が気付いたとき、おそらく世界は絶望に覆われ生産性は地に落ち社会は破綻する。
昼のテレビが簡単に痩せる方法を狂ったように喚いているのも、やはり社会機能を保つためのプロパガンダだろう。
ふと目をやると、怪しげな看板の前で紫煙をくゆらすスーツ姿の二人組がこちらを見ている。
見張られている。私は恐ろしくなった。
私は真実に気付いていない無垢なる一市民の体で買い物を済ませ、せめてもの抵抗としておにぎりひとつ分の帰路についた。

しかし考えてみれば、凄まじい効率の良さである。
おにぎりを2つほど渡しておけば行き帰り小一時間かけての買い物、その仕事を達成してくれるのだ。
そもそも無理のない範囲で考えて、もっと荷物が積めるはずだ。
人間の体とはこれほどまでにエネルギー効率の良いものか。
この人間の体という機関さえ自由に出来れば計画停電など無くなるだろうし国家はCO2を巡って札束の殴り合いをせずに済む。

あるいは私は労働という軛から開放されるのではなかろうか。
それは奴隷と呼ぶものかもしれないが、人類の叡智は近い将来きっと人格の無い人間の体を作り出してくれるはずだ。
人格の無いものに仕事などできるものか、と高を括るなかれ。AIが絵を描ける時代だ。教えれば可能だ。
考えてもみろ。AIと自分と、どちらが賢いか。

かくして私は王となる。
完全無欠のクリーンエネルギーを手に入れ、労働から開放され、日がな一日くつろいでアニメを観たりゲームをしたり本を読んだりして過ごすのだ。
ただ一点、太ってしまうという懸念を残して。

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