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写真を見て書く掌編:「とこしえに」

 駅前広場にある時計の存在を、彼は最初無視していた。 広場にあるベンチに腰掛けコンビニで買ったサンドイッチを貪りながら初めて目を遣り、まだ二時ならゆっくり出来るな等と考えたが、会議が長引いて昼休憩を取れたのが二時過ぎだった。

 慌てて腕時計を見ると、そちらは十一時半を指していた。混乱した彼はスマートフォンを取り出したが、液晶には午後九時十二分と表示されていたので彼は更に狼狽し、立ち上がって駅前のロータリー周辺の建物をぐるりと見渡した。一つの雑居ビルは古くさい電飾に時刻と気温を交互に表示させていて、それによると現在の気温はマイナス7度、時刻は午前四時とのことだった。
 そんなバカな。今はスーツのジャケットを脱いでいても暖かいくらいだし、太陽はあんなにも高いところにあるじゃないか。男はこの理解に苦しむ事態に徐々に苛立ちを覚え始め、食べかけのサンドイッチをビニール袋に詰めて駅へと歩いた。不思議なことに、一歩歩く毎に額から、首筋から、汗が滴り落ちた。それが益々彼の苛立ちを助長させた。 
 改札口の前に立ち、正面の、時刻表とセットになった時計を見る。時計の針は少しずつ、しかし着実に逆行していた。彼が呆然とそれを眺めている間に、その時計は七時二十分から六時四十五分にまで逆送し、電車の発着時刻を知らせる電工掲示板には時刻の表示がなく、全て「通過」ないしは「pass」という文字だけが踊っていた。 はたと周囲を見渡すと、行き交う人々はダウンジャケットを着ていたり、キャミソール姿で汗をかいていたり、まるで四季というものが人によって別々に訪れているかのようだった。

 これはいよいよおかしいぞ。

 そう思った彼は、改札の横の窓口に立つ若い駅員に声をかけた。

「すみません、今は一体いつですか」

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