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占い師

電気街の駅から少し離れた、裏通りの人気のない所にある古いビルの4階に俺の占いの館がある。
夜の8時を過ぎると、ここは僅かにある飲食店や風俗店を除き、開いている店はほとんどない。
歩いている人もほとんどいないのだが、朝までチラホラと客が来る。

自分で言うのもアレだが、俺は占い師として天才的だった。
特に宣伝した事もなく、テレビに出演した事も無いのだが、ネットの口コミや評判を聞きつけ、皆この薄汚いビルの一室を訪れる。

今日も最近買ったばかりの流行りの薄型ノートパソコンで、映画を見たりゲームをしたりしていると、スーツ姿のサラリーマンが入ってきた。

「いらっしゃいませ。そちらのソファへおかけ下さい」

男はペコリとおじぎをした後、ジャケットを脱ぎビジネスバッグと揃えるようにソファへ置きながら、自分も腰掛けた。

男と対面する位置にテーブルと俺の椅子がある。
男にコーヒーを差し出し、俺も椅子に座り、いつものように簡単な説明をした。

「初めてのお客様ですね?」
「そうなんですよ・・ネットで評判を見かけましてね」
「ありがとう御座います。ところで、はっきり申し上げて当館は平均的な占い料金よりもかなり高額です。その点は大丈夫でしょうか?」
「ええ、ホームページの方で確認しました。お支払いは恐らく問題ないと思います」
「左様ですか・・。お支払いが可能なら問題ありません。では早速占いの方をやってみましょうか」

俺はテーブルに置いてある占いの水晶玉を睨みながら、「うーむ」とか「なるほど」と唸った。
もちろんこの水晶玉は安物のガラス細工で何の意味もないのだが、こういう安い演出も未だに効果があるものだ。

俺には昔から人を少し観察しただけで色々な物が見えるという不思議な能力があった。何でもウチは代々そういう家系で、昔は徳川幕府のお抱えだったとか、戦時に日本軍に依頼され真珠湾攻撃のキッカケになったとか色々聞かされた。

凄い能力だと思うがこの能力を使って幸福な人生を送れているかというとそうでもない。今までに数人の女と付き合ったが、色々なものが見え過ぎるために長続きしなかった。
良い歳をしてアニメやゲームにハマっている事もあり、結婚もせずに電気街で占い師なんかやっている。

目の前の男に集中する。
今日の相手は少し難しい相手だと思った。
感情が薄いというか空っぽに近いというか、とにかく読み取れない。
それでも僅かな表情の変化やしぐさ、雰囲気から何となくだが掴めてきた。

「貴方、今朝何かの決心をしたんですね?」
「ええ、分かりますか?」
「分かりますよ・・ほう、それは非常にリスクのある決断でしたね」
「そうなんですよ!凄いなぁ・・聞いていた通りだ」

この程度の事ならその辺の素人でも分かる。
分かるのではなく相手に教えてもらっているのだ。
心理学でいう「コールド・リーディング」という技術だ。
占いに来るような人物は大抵何かに悩んでいるものである。
誰だって何らかの「決心」や「覚悟」をしながら生きている。
つまり、誰にでも当てはまる事や必然性の高い事実を挙げて、相手からの信用度を上げさせ、さらに会話の流れで情報を引き出していく。
手順に従っていけば誰でも『真実』に到達する。
だから占いとは"当たる"のだ。

しかし、俺の場合は先祖代々受け継がれる"能力"を使って、正真正銘の占いによって当てていた。

「未だに迷っておられるようですね」
「ええ、それをやってしまって良いものかどうか・・」
「うーむ・・確かにそれをやってしまえばもう後戻りはできないでしょうね。しかし、貴方はそれがやりたくて仕方がないはず」
「そうなんですよ・・もうその事ばかり考えていて、何も手につかないくらいです」

男はコーヒーを飲み干して、まっすぐに私の目を見る。

「私から言える事はただ1つです。貴方はそれをやらないと一生後悔するでしょうし、それをやらない人生もあり得ないでしょう。貴方は間違いなくそれをやり、そのために大変な苦労をするかもしれない。しかし、それが貴方の運命なのですよ」
「運命ですか・・?」
「そうです。人には天命というものがあります。絶対にこれには逆らえない、そんな力があるものです。貴方はいよいよ決心を固め、それを実行するでしょう」
「そうですか。いや先生、本当にありがとう御座います!自分の進む道がようやくはっきりと分かりましたよ。なんていうか、目の前の霞がパッと晴れたようだ」

男の顔に生気が充満し、満面の笑顔になった。
こういう顔を見る事ができるのが、占い師冥利に尽きるというものだ。

「おっと時間が来てしまいましたね。料金の方なんですが・・」
「分かっています。ええとバッグに・・」

男がバッグからそそくさと取り出す。
怪しい輝きを放つ鋭利なものだった。

「私は子供の頃からこれをやってみたくて仕方なかったのですが、お恥ずかしい話今まで決心できませんでした。先生のおかげでこれからは思う存分にやりたい事をやっていくつもりです。あっ、お支払いの方は必要ありませんよね?だって・・」

そう言うと、男の笑顔が歪んでいく。
さっきまでの温厚そうな表情とは一変した。

やはり俺は一流の占い師だ。

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