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「心の原点に還る~人生の道しるべとしてのアイルランド~」

はじめに


先日、ふとしたきっかけで大学時代のことを思い出す機会があった。それはこの前訪れた母校の「地球市民講座」。地球社会の未来を学ぶこの講座では、来年から始まる講義に先駆けて、所属していた社会学科で福祉・文化社会学を専門としていた先生が「AI時代、私たちはどう生きるか」というテーマで無料で講演会をするということで、是非にということで行ってきた。
結論から言うと、学術的な要素と人生の知恵的な要素を絡めたその講義は実に面白く、開かれた場で学び、人生について思いを馳せることの良さをしみじみと感じさせられた。
 そして、この時思い返したのは大学2年生の時に受講した授業「アイルランド研究A」のことだ。その授業も人生の叡智を深く考えさせられるような内容が満載だった。先生はアイルランド問題を専門とする神父の方で、キリスト教の見地から民族問題や平和について研究を行っていた。しかし、そうした国際問題を孕むようなトピックは「アイルランド研究B」で扱われており、主にアイルランドの民俗や思想、精神性について学ぶ「アイルランド研究A」は少しテイストが違う。
 これから私がアイルランド研究Aで書いた最終レポートをほぼそのまま掲載するので、この授業が果たしてどのような雰囲気であったかを体感してもらえたらと思う。

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繋がりを求める感覚

 21世紀は波乱の世紀である。地球規模で様々な諸問題が渦巻く中、2020年1月から感染が拡大した新型コロナウイルスの影響は各国の脆弱だった課題を直撃した。そうした中で浮き彫りになったのは私たち人間の離れていても繋がりを求める感覚である。John O'Donohueが2000年に描いた“Eternal Echoes”(Perennial)は、そんな新型コロナウイルスの影響で息苦しさを抱える現代社会に対しても有用なケルト的叡智のエッセンスに満ちている。

 プロローグの「魂の本質として私たちはつながりを求めている」という言葉にハッとさせられる人も多いだろう。経済主体の世界の中で日々忙殺されていると、或いはコロナ以後に自粛を通して家で過ごす機会が多くなると、だんだんと歪みが体の中に蓄積されていく感覚に囚われることがある。しかし、自分は一人で生きているのではなく、今を生きる人々、そして過去を生きる人々ともつながりながら未来を織り上げていると考えると不思議と心が晴れることがある。大学において「人間は関係の上で成り立っている」ことを大前提として成立した学問である社会学を学ぶ自分にとって、このプロローグの言葉は初めて読んだ時から非常に心の奥深くまで染み渡っている。このような「繋がる」感覚が人間に様々な文化や風習、宗教を生み出させてきたのだろうかと感じさせる一文でもある。

またプロローグにおいては「longingとbelongingのバランスを保つこと。私たちには世界から与えられた「才能」が個々にあるが、それはlongingとbelongingの両者によって刺激されなければ、目覚めることはない」という箇所が心に残った。他者とのかかわりの中でこそ人間はその能力を発揮する。確かに「誰かのために」と思わなければ、人は前を向くこと、野心を抱くことも出来ない。「何かを為したい」という望みと「ここが自分の居場所だ。この人たちのために頑張りたい」と感じられる所属意識があって初めて、人間は安らかにその人生を過ごすことが出来るのかもしれない。ここまで読んでいくと、プロローグの最後の方に書いてある「この本が目指すのは繋がりが壊れた社会の中にあって、心のなかに空間を作ること。『目に見えない繋がりの中に抱かれている』という感覚を呼び起こし、こだまとして聴くことができるように」という箇所もすっと内容が入ってきた。新型コロナウイルスの影響で繋がりの感じられにくい現在であるが、自分も大切な人々を思い浮かべながら日々を丁寧に過ごしていきたい。

「欠けている」ことを認めること

ケルト的感性においては、「円」というのは重要なキーワードであるそうだ。教科書P6~11の箇所では人間の生とは輪に似たものであるが、それは一部が壊れており、「私たちにあるその破損が私たちを人間らしくしている」と述べられていた。普通なら完全であるもの、整っているものを理想とすることが多いように思えるが、逆に欠けているからこそ美しく、そして外部と繋がることができるというのはかなり目新しい考え方であると感じた。

現代に生きる私たちは常に理想の自分や成功を思い描き、大抵はそれら全てを叶えることができずに葛藤してしまいがちだが、『元から欠けている』『その欠落こそが自分を自分らしくしてくれる』と思うことで、少しは気が楽になる人が増えるかもしれない。実際、自分自身もこのように考えることで救われることがきっとこの先たくさんあるだろう。また、「もし人生が時間軸の中での線に過ぎないのであれば、過去からも未来からも絶たれ、現在のみを生きるただの点になってしまう」という記述もあり、このように立体的な比喩で人生について考えさせてくれるのはこの本の凄いところであると感じた。

人生とは航海である(P6~11)・「将来のゆりかご」としての家族(P30~33)

また教科書P6~11の箇所においては、「錨を下ろすことができなくて、ふらついてしまう」という表現も秀逸であると感じた。ある一定の時期まではあえて錨を下ろさずに軽やかに海を駆けるのもいい経験かもしれないが、人生の航海がある程度進んでくると錨を下ろして安息を感じたり、自分の進むべき道を確認したりしたくなることもあるだろう。そうした「波止場」たりうる場所を自分の中で深く持つことが出来るかは非常に重要なことである。「日々のあれこれに追われて、何カ月も何年もたち、足場を狭いものとしてしまう」という表現もあったが、ただ授業や勉強で大学教育を受けているという状態だけで満足せずに、その中で自己にどのような変容があったか、考え方やコミュニティにどんな変化があったかにまで目を向けて丁寧に日々を過ごしていきたい。

また、P30~33においては「家族とは人の将来のゆりかごであり、人々が様々なものを見つめる場所である」という記述があるが、人生が航海であるなら、きっと家族はその船自体であることだろうと自分は考えた。それらが愛と繋がりによっていかに保たれているかによって、不安定かそうでないかは変わってくるのだ。この教科書を読んでいると現在の社会においても「繋がり」というものがいかに重要であるか、そしてその「繋がり」として家族というものがいかに大切な機能を果たしているかを改めて認識させられる。

一方で、P37~P40においては「成長した子供にとって家は安全過ぎて退屈な場所であり、彼らは新たな刺激や冒険を求めて外に飛び出す」や「親にしがみつくことは不均衡の原因となる」など、少しネガティブな面に着目した記述が多くなっている。ただ、先日成人式を迎え、本格的に「家を出る日」を意識し始めた自分にとっては、こうした文章も非常に胸に響いてくるようであった。

「動くこと」と「止まること」(P16~21)

P16~21の箇所で印象に残ったのは、「飛行の軌跡は鳥のように自由である一方で、石の静けさは純粋である」という一節である。頑固、意固地、融通が利かないというイメージを持ちがちな「石」というモチーフであるが、その不動の連続性の中に「『そこに或る』という絶対的なbelongingを持っている」という視点は非常に興味深く感じられた。また、憧れに従って「新しいことに挑戦すること」を人間は続け振り子のように揺らぐが、ある時その揺らぎが止まることがある、という点も新鮮だった。一見「静止」という運動は変化ばかりを重んじる現代社会においてはネガティブであるように思えてしまうが、前述の石の例も相まって、どっしりと存在を安定させることも非常に重要なことであるように思うことができた。

また、教科書のP26~29では、『あなたの人生に関して大事なものは目に見えない』など、「見えないもの」に対しての記述が数多くあった。現代ではSNSが発達し、日常の些末な出来事までを可視化し共有する風潮が強いように思われる。しかし、もとより世界は共有しきれない、目に見えないものに溢れたものであるはずである。目の前の見えるモノだけでなく、見えないものにまで意識を配ろうと努力を重ね、社会をより解像度を上げて眺めることのできる人間になりたいと思う。

教科書のP43では「偉大な思想は『作られる』のではなく『起こる』ものである」という言葉も印象的であった。どんな考えも、人ひとりの中で起こるわけではなく、その人がそれまで他者と関わった経験がじっくりと醸成され、それらが結びつく中で「オリジナル」のものが生まれていく。自分もつい、気の向くままに文章を書いてしまいがちであるが、先人たちにきちんと敬意を払い、何を自分が道しるべにしているのかを意識したうえで自分の考えを深めていきたいと思う。

自分は幅広い視野を持たなければとの強迫観念から、時に抱えきれないほどの予定やタスクを抱え込んだり、逆にあまりに多くの「やるべきこと」に心をすり減らしてしまったりすることも多い。しかし、これまで自分が吸収してきたものすべてが今の自分を形作っている。「真なるものは自分のうちにある」と信じ、人からの評価に過剰に振り回され過ぎず、自分の気の向く方向や意志、感情にも目を向け、大切にしながら日々を歩んでいきたいと思えた。

 この教科書からは、この息苦しい現代を軽やかに生き抜く上での様々な知恵を得ることができたと思う。四角四面に執着して、息の詰まる人生を送るのではなく、心を豊かに過ごすためのきっかけが、この本には数多く盛り込まれている。すべてを実行できるわけではないが、心のなかに大切にしまっておくことで、在学中やそれ以後に自分が苦しい状況に置かれた時、また困難の中に居る人と出会った時、この豊かな知恵をいつでも引き出せるようにしておきたいと感じた。(3473字)

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 就職して7カ月が経つ。せわしない日々だが、周囲の人に恵まれ、とても充実した毎日を過ごすことが出来ている。こんな時代だからこそ「belonging」と「longing」を大切に、一日一日を慈しむように過ごすことができたらと思っている。




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