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五行歌(文章付き)

年配の男性が
担当者だと思ったのに
バイトだからと立ち去られ
崩れた年功序列と少子化を
肌で感じるスーパーの朝

………

4月になって、何度かスーパーでの推奨販売の仕事に行った。

で、最初にすることは、担当者に挨拶をして、販売の場所や、休憩時間など、諸々のことを確認するのだが、大概、担当者の顔なんて知らない。場合によっては名前も聞かされていない。

なので、尋ねるのだ。
売り場にいるそれっぽい人に。
ご担当者様でしょうか?と。

そして、大概当たらない。
最初から担当者にビンゴすることは、あまりない。

それは50代の私が、
「年配の男性」に声をかけているからだ。

そうなると、今までスーパーで働いたことのない、定年退職後の非正規雇用の人だったりするんだろうと、ようやく気づき始めた(遅!)。

だから、入店証をぶら下げている私は、お客様の立場で、担当者かと聞いてるわけではないと、一目瞭然にわかるので、尋ねられた男性は「バイトだから」といとも簡単に、突っぱねて、立ち去っていくのだ。

いいのだ。仕方ないのだ。そうなんだ。
みんなみんな、与えられた仕事で精一杯なんだ。

わからないものは、その時点でキるのも、それはそれで正解なんだ。

それが仕事の厳しさなんだ。

だが関係ないんだ、私には。
仕事としての正解だろうと、性格的な意地悪だろうと。

一刻も早く担当者にたどり着かないといけないことに変わりはないんだ。

キられた私は、その度に勇気を奮い起こして、忙しそうにしている人に声をかけなければならず。

……はぁ。

人を年齢で判断することが難しくなっていく時代に突入したんだなと、肌で感じる。

他にも、「お若いわ〜」が相手に対して、褒め言葉として機能しないことも、これからは(いや、本当は“これまでも”なんだけど)起こりうるだろう。

そんな判断は、めちゃくちゃになってしまえと思っている方ではあるが。

ただ、安易に相手をステレオタイプ的にイメージしなければ、スピーディーに声をかける勇気が出ないこともあり。

「担当者かい?ちょっと待っときや。おーい!」

と言って、例え担当者本人でなくても、その日1日、仕事仲間として受け入れてくれそうな、年配の男性にアタリをつけて、これからも私は声をかけるのだろう。

一か八かの無意識で。

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