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ここ数年、僕の心は居場所を探していた。

野球部でみんなと練習に明け暮れたあの時の感じ。
広報マンとしてパンフレットやイベントをやっていたあの時の感じ。

そう、色んな人たちと何か目標に向かって進む。そんな輪の中にいる自分が一番充実している瞬間。

それがなくなってからは、糸の切れた凧のよう。気持ちがゆらゆら、どこに向かっているのかわからないまま毎日が過ぎていく。

居場所を探す努力はしてみた。

楽器を習ってみたり、スクールに通ってみたり、オンラインコミュニティに参加してみたり・・・。

それなりに楽しい時を過ごせたし、新しい知り合いもできたから必要な時間だったんだと思う。

でも、何かわからないけど、何かが足りない感じがずっとしていた。

「今度、撮影会があるけれどボランティアで参加する?」

ある時、知り合いに誘われた。NPOの撮影会。

楽しかった。単純に楽しかった。

モデルの人たち、カメラマン、ライター、スタイリスト、ディレクター、そして協力企業の人たち。ボランティアで参加していた士業の人もいた。

みんな「最高の雑誌」をつくるために一生懸命だった。
ここには僕の心に響く何かがあった。


がんばってる人、いいもの持っている町を応援したい。

僕がいたい場所が見えてきたことで、とりあえずNPOを探した。

そして出会ったのがNPO法人ZESDA。
zipang economic system design association(日本経済システムデザイン研究会)。

グローカルビジネスをキーワードに日本の埋もれたいい人・もの・技術を世界に向けて発信している活動がホームページに載っていた。

そして、もう一つのキーワード「プロデュース」。埋もれたいいものと世界のニーズをつなげる役割。それを担う人材。それがZESDAの目指すプロデュースであることが書いてあった。

この言葉に僕は惹かれた。僕の立ち位置。今までいたことがあったかのような場所。

そんなイメージが膨らむ。魅力的な言葉だった。

やってみたい。心に言葉がうかんだ。

ZESDAには、公務員や教員、企業人、士業、クリエイターなどなど、様々な職種の人々が本業を持ちながらパラレルキャリアとして自身の新たなキャリア形成のためにボランティアとして参加している。

そんな意識高い系の人たちがたくさんいそうなところで果たして僕がやっていけるのか?少し不安な気持ちも正直あった。

数日考えた。やっていけるのか?

答えはでた。

やってみたい。広報とか、プロデューサーとか、肩書はどうでもよく、ただ単に誰かを応援する活動に参加したい。そんな気持ちになっていた。


広報ボランティアとして走りはじめる。

オンラインで団体の人たちと会った。僕の想いややりたいことを伝えた。
「なんでもいいから現場にいきたい!」「人や街の想いを肌で感じたい!」と。

ZESDAの方も僕の想いを考慮してくれたのか、とりあえず広報的な役割で参加させてもらえることになった。

何かがはじまった予感。


近々、栃木県の佐野市に行ってくる。

明治まで盛んだった「佐野藍」という藍染の原料が近年復活したことに関連したプロジェクト。

今からワクワクしている。

佐野市の温度を感じてまた記事にしよう!


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