サンプル品を触ったら思いも寄らない怖い目にあった話

個人経営の小さな家電屋に来た。
店内を見回すと子供の頃に欲しかった押すと国名を音声で流してくれる地球儀があった。

私は懐かしくなりオーストラリアを押したが、壊れているのか音は鳴らなかった。
すると、見知らぬオヤジが入店し、すぐさま店主に向かい「商品の置き方が紛らわしくて音の出ない普通の地球儀を買ってしまった、さらにサンプルで展示されている物も音がならなかった」と怒り始めた。

その間も私は諦めきれず地球儀を何度か押したところ、奇跡的に音が鳴った。
しかし、何度も押した為か
「オーストラリア」と発声するところを何故か
「ボボボボボボボボボボボボボボボボボボ」
と、謎の音が延々と鳴り響いた。
オーストラリアの身に何が起こったのだろうか。

「レシート捨てたけど……」
「ボボボボボボボボボボボボボボボボボボ」
「紛らわしい置き方が悪……」
「ボボボボボボボボボボボボボボボボボボ」

怒るオヤジの背後で私の押した地球儀が荒ぶっている。
気のせいであってほしいが、先程からオヤジの訴えを妨害している気がしてならない。
私はオーストラリアを中心に猛り狂う地球を黙らせようと懸命にオーストラリアを押した。
しかし、それがオーストラリアの怒りに触れたのか、加えて不気味なメロディの様な音も流れ出し事態は更に悪化した。

ただ一言地球儀に「オーストラリア」と言って欲しかっただけであるのに大変な事になってしまった。
地球儀を押しただけでこの様なホラー展開が待っていようなどと誰が想像できただろうか。
次第にオヤジの口数は減っていった。

私は店主に声を掛け助けを求めた。
「地球から悲鳴が…」などと環境破壊を語るうえでしか表現しないような言い回しを日常会話で使う日が来ようとは思わなかった。
しかし、店主を持ってしても地球を鎮めることはできなかった。
店主は地球儀を両手に持ち様々な角度からスイッチを探したが不気味な音は我々の鼓膜を揺らし続けた。

地球儀はしばらく荒ぶり続けたのち、何故か最後に
「めきしこ…」
と、一言呟き沈黙した。
心なしか儚げであった。

私と店主は地球儀に翻弄され、途中から怒っていたオヤジの存在を忘れていた。
ようやく思い出しその方向に視線を向けると、オヤジは口元を綻ばせ肩を震わせながら我々から顔を逸らしていた。
最後の「めしきこ…」がオヤジに効いたようであった。

ここで吹き出しては、体裁が保てないと思い必死に耐えているのだろう。
オヤジの先程までの勢いは地球儀と共に沈静化された。
オヤジは最後の力を振り絞り「もう買った物を喋る地球儀と取り替えてくれれば良い」と肩を震わせながら願い出ていたが、店主の口からは

「この飾ってあるやつしかないですね」

と、絶望的な言葉が発せられた。
オヤジには音が鳴らぬ地球儀と引き換えに、音が鳴りすぎる不気味な地球儀しか残されていなかった。
無い方がむしろ気が楽な次元の在庫であった。 

オヤジはついにレジに手を置き沈んでいった。
地球の悲鳴の次はオヤジの腹筋が悲鳴をあげている声が店内に響き渡った。

【追記】
あれから私の地球儀を見る目が変わった。
他の店で地球儀を見掛けても警戒を怠らず迂闊に押さぬようになった。

友人にこの話をしたところ、友人は真面目な顔を保たなければならない場で暫く「めきしこ…」が脳内で繰り返されるという後遺症に暫く悩まされていた。


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