店でトイレに入ったら男が押し入ってきた話

飲み屋で店長に頼まれ、常連の誕生日に私はショッカー軍団の衣装に身を包み登場した。

無事に出番を終え、着替える為に故障で使用禁止となっているトイレに入った。
ズボンに手を掛けた瞬間ゴムが切れ、一瞬にしてパンツが露わになる嫌なイリュージョンが孤独に開催された。
すると、その最悪のタイミングで何者かが扉を引っ張りだした。
申し訳程度に店長お手製の鍵は設置されていたが、脆く今にも壊れそうであり、急いでズボンを上げると扉は突破された。

オヤジが扉を突破したその先には、姫が「ごきげんよう」とドレスの両端を持ち上げお辞儀をするように、ズボンを両手で持ち押さえるショッカーがいた。
決して出会いたくない類いの姫と出会ってしまった。
12時の鐘が鳴ればズボンを脱ぎ捨て、生足パンツで走り去るショッカーの背中を王子は見送る事となるだろう。

私はショッカーの掛け声を出し、少しでも場を収めようと試みたが、中途半端な決意で挑んだ為

「ィィ……ィイイィィ……ィ」

という不気味な威嚇音が出てしまい、嫌なオプションが一つ追加されただけであった。
悪夢でも見ているのだろうか。
オヤジの赤ら顔から笑顔が消えた。

オヤジは動揺し
「……トイレを使いたいのですが、少しよろしいでしょうか……」
と、何故か唐突に社会人の顔を覗かせた。
あまりの事に普段の抑圧された対外用のオヤジが出たのだろう、先程扉を強行突破したオヤジと同一人物とは思えぬ丁寧な口振りであった。

しかしトイレは壊れている。それに加え下手に動けばパンツを露出させた精神の壊れたショッカーをオヤジにお見舞いする事となる。
いくら悪の軍団といえども放送コードに引っかかる事は許されぬ所業である。

私とこのオヤジの精神にショッカーのパンツが打撃を与える未来がみえた。
こうなれば断る他ない。
「心苦しいですが、承伏しかねます」
とオヤジにつられ私も丁寧な口振りとなった。オヤジも先程の威嚇をしてきたショッカーと同じショッカーだとは思えなかった事だろう。

しばらくすると店長が姿を現した。
妙に優雅にお辞儀をするショッカーとオヤジを目撃し、店長の脳は混乱という名の荒波に飲み込まれた。
しかし、僅かに店長としての自我が残っていたのか
「すみません……このトイレ壊れているので……」
と、震える声でオヤジに伝えた。
この店のトイレは壊れるとショッカーが出てくるのだろうか。
オヤジは短く返事をすると首を傾げながら、来た道を戻って行った。
トイレはいいのだろうか。

店長は私に何をしているのかと訊いてきたので、このような所作を保っていなければ、ズボンが落ち店長の視界にパンツが直撃する旨を伝えた。
すると、先程のオヤジが
「本当だって、本当にショッカーいたもん」
などと、トトロを目撃した幼女のような弁明しながら仲間を引き連れてきた。
オヤジ達の視界にはショッカーに加え、片膝をつき、狂ったように呼吸を乱す店長が映った。
シルエットだけを見れば、姫に忠誠を誓う過呼吸気味の騎士のようであった。

トイレを使用する際は、鍵の頑丈さにも十分に注意して頂きたい。

【追記】
店長の空気を過剰摂取しているような声が我々の間に響いた。
もはや壊れているのはトイレなのか店長なのか誰にも分からぬ。
オヤジ達もよく来る客であったから良かったが、もし初見であったらトイレが壊れると姫風味のショッカー現れ、更に店長も壊れ引き笑いが響くシステムの居酒屋などには行きたいと思わぬ事だろう。

ちなみにこの衣装は店長お手製である。
器用な男が招いた盛大な自爆への道のりである。


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