夜道で声を掛けられて振り向いたら血の気が引いた話

知人の敷地の草刈りの手伝いに行った。
辺りが暗くなったので、最後に草置き場へ多めに運び今日の作業を終わらせる事にした。

知人が草をまとめている間に先に運んでいると、犬の散歩中の女の子が街灯の下で自転車の男に執拗にナンパされていた。
明らかに困っていたので身内のフリをし「そこで父が待っているから早く一緒に来るように」という程で女の子に声をかけた。

しかし、私は背に草の溢れる籠、腕に大量の剥き出しの草を抱え、頭に笠を被っていた。
正面から見ると顔面と手足だけ毛剃りされた草タイプのムックのようであった。
ガチャピンの傍らに生肌のムックが佇んでいたら子供達も阿鼻叫喚する事だろう。
不穏に溢れる存在の訪れに、男どころか女の子までもが言葉を失い動きを止めていた。

私は再度女の子に「おいで」と声を掛けた。
しかし、声がしゃがれた為、沼にでも引きずり込みそうな雰囲気が出てしまった。
勿論女の子を自分の草の養分にする気など無い。
ただ執拗なナンパから救いたいだけであったが、己の風貌が不穏すぎて上手く伝わっていない気がしてならない。
女の子の味方に入った筈なのに先程から誰よりも女の子の犬に吠えられている。

そうこうしていると草束が限界を迎え、半分ほど足元へ音を立てて雪崩れ落ちた。
第二形態へ進化を遂げるのだろうか。
突如大量に身体の草が抜け落ちた化け物に、ナンパ男は血の気が引いた顔をし反射的に半歩後退した。

背後から土を踏む音が聴こえた。
振り向くと、暗がりから妙な形状の影が体を揺らし徐々に近づき、やがて街灯の灯りがゆっくりとその影の全貌を浮かび上がらせた。
そこには同じく草ムックと化した男が立っていた。
後から出発した知人が追いついたのだ。
化け物が二体になってしまった。

薄々そのような気はしていたが、かなり不気味な登場の仕方であった。
自分も同じ過程を辿ったかと思うと、精神的に少々くるものがある。
風貌を見る限り我々は明らかに同じ種族である。
先程私が「父が待っている」発言をした為、ナンパ男からすれば満を辞しての「待っていた父」のご登場に見えた事だろう。
犬はとうとう女の子の後ろに隠れた。

私はナンパ男に
「父が来たので……」
と、告げた。
これで帰らぬようなら知人と二人で男を囲みマイムマイムを踊り男を撹乱させる他ない。
「マイムエサッサ」の所はかなり映える事だろう。
ナンパ男は
「あ……はい」
と何故か敬語で返事をし、我々が踊るまでも無く去っていった。

しかし、女の子からすれば人間が一人減った結果、代わりに草の化け物が2倍となった緊迫した状況が続いている。

我々は風貌こそ違えど、女の子と同じ生き物であると分かってもらい、女の子の親が迎えに来るのを共に待つ事となった。
電話口で
「草の人が助けてくれた」
と言っていた事が少々気にはなったが、無事でなによりであった。
女の子は最近この地に引っ越してきたばかりで心細かった事が判明した。
あの時声を掛けて良かったと安心した。

無事女の子を家族へ引き渡した。
その様は、森の縄張りに迷い込んだ人間の子供を化け物が親の元に還し、初めて心を交わす交流シーンのようであった。

【追記】
後日、菓子折りが届いたそうだが、私の口に入る前に知人が全て平げた。
事後報告であった。
GODIVAのチョコレートで非常に美味しかったそうだ。
私はそっと、心の中で日曜朝のヒーローに蹴られ爆散する草怪人を想像し、己の平静を保った。
草と共に散るがいい。

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