恋のキューピッドをやってみた話
友人が恋をしている爽やかな男と花見をする事になり、協力してくれと酒を積まれ半ば強制的に人生初のキューピッド役をやってみる事となった。
全員同じ授業を取っていて仲も良いので、てっきりこの3人で行くのかと思いきや、当日着いてみると我々の他に、初対面の面倒な男と謎のインド人がいた。
私は酒に目が眩み自分が花見という名の合コンに紛れ込んでしまった事を静かに悟った。
自己紹介を終えると、友人は早速話題に困ったのか「やーこは武術を習っている」と、いらぬ情報を皆に漏洩した。
面倒な男が何か技を見せろと腕を掴んできたので、びっくりしてうっかり飛ばしてしまい、奴はブルーシートから離脱していった。
もはや恋のキューピッドではない。
私の矢に射抜かれた者は恋に落ちずに命を落とす事だろう。ただの荒ぶる破壊神である。
何故かインド人の目が光った。
面倒な男は謝ると力無く友人の隣に着いた。
周りが友人へと集まるなか、インド人だけが先程からこちらを熱く見つめている。
面倒な男は友人が気になるのか執拗に喋りかけている。
爽やかな男は友人に狙われ、友人は面倒な男に狙われている。
花見は口説き口説かれる恋の戦場となったのだ、私とインド人を除いて。
今なら「一部地域を除き」の一部地域の気持ちが分かる気がする。
インド人が
「ワタシ、習ッテル。オマエノ武術、ワタシノ武術、オマエト腕試シタイ」
などと話しかけてきた為、ある意味こちらも別の意味で戦場となろうとしていた。
何故あちらはあんなにも煌びやかに青春を謳歌しているというのに、こちらは謎のインド人に戦いを申し込まれているのだろうか。
こんなお日柄の良い日に格闘ゲームのストーリーモードを体感する事になろうとは夢にも思わなかった。
そして、インド人はおそらく「練習は安全に行う」と言いたかったのだろう、日本語にまだ不慣れな為かこちらを真っ直ぐと見つめ
「死ナナイ」
と、呟いた。
春を感じに来たというのに、もはや生命の危機を感じている。
私は面倒な男をインド人に差し出した。
明らかに面倒な男は「え!?俺!?」という顔をしたが、友人が応援した為か彼はそのまま技を掛けられる事となった。
面倒な男は本日2回目のブルーシート離脱を見せた。
インド人は面倒な男を飛ばしておいて
「オマエガ コウシタ?」
と、言ってきた。
やったのはインド人であり私ではない。
恐らく「お前はこうして技をかけたか?」と聞きたかったのだろう。
しかし、発音が悪いため
「オマエガ コロシタ」
と、聞こえた。
たった一文字の違いでサスペンスが止まらなくなってしまった。
爽やかな男がトイレに立つと、友人は
「爽やかな男と仲良くなりたい、協力して」
と、面倒な男に言い放った。
インド人の言う通り先程までの勢いのある彼は死んだ。
こうなれば彼はこちらのインド人サイドへ来るしかない。ようこそ、ダークサイドへ。
友人と爽やかな男が会話する中、私とインド人と、面倒な男の宴が陰で開催された。
「俺ら何してんだろうな」
と面倒な男が呟いた。
インド人は何故か石を持ち上げダンゴムシを観察している。
話を聞けば、もともと面倒な男が私の友人と仲良くなりたくて花見を開催したのだそうだ。
甘酸っぱいすれ違いである。
ふと、ではこのインド人は一体?と面倒な男に聞くと
「分からない。当日来たらいた」
と、素性が掴めない。
インド人本人に聞いてみたが
「桜、見タカッタ」
と、答え、結局分からなかった。
日陰の宴は、急遽面倒な男を励ます会となった。
インド人に事の顛末を説明すると、非常に気の毒な顔をし
「元気ダシテネ」
と、面倒な男にチータラを与えた。
彼に幸あれ。
我々は桜を眺めた。
花びらが風で舞い、胸に抱いたこの名状し難い感情を洗い流してくれるようだった。
私の人生初のキューピッドとしての挑戦は、こうして幕を閉じた。