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妊婦さんへの鍼灸って安全なの?(前半) #不安を感じているあなたへ

 鍼灸師の松浦知史と申します。
 不妊治療と並行して鍼灸を受けられている方は多くいらっしゃいます。やっとの思いで妊娠陽性反応が出たんだけど、「このまま鍼灸を続けて大丈夫なのかな?」と不安に感じますよね。これは、本人だけでなく実は鍼灸師も同じです。それは、鍼灸治療が関連して患者さんが流産や早産などを経験し、非難される可能性があるからです。鍼灸院へ来院する不妊患者さんの特徴として、30代後半~40代前半が多く、必然的に流産リスクの高い母集団を数多く取り扱うため、鍼灸師も少なからず流産や死産に遭遇することがあります。こうした時に「あの時、お腹に刺した鍼が原因だ」とか「妊娠してるのに三陰交に鍼を刺した」など言われ、鍼灸と流産あるいは早産との因果関係を結び付けたくなる気持ちも分かります。そもそも標準的な鍼灸治療は、妊娠中に安全なのか気になりますよね。
 現段階でのコンセンサスとして、「妊娠中の女性への鍼灸治療は安全である」とされています。しかし、それでも不安を感じますよね。今回は妊娠中の鍼灸治療の安全性について報告した論文から学んでいきたいと思います。


論文の紹介

 産科における鍼治療の安全性についてご紹介させていただきます。

タイトル

The safety of obstetric acupuncture: forbidden points revisited.

David John Carr., Acupuncture in Medicine. 2015.

 日本語に訳すと、「産科における鍼治療の安全性」となります。


この論文のポイント

  • 以下の4つに要約されます。
    - does not increase the risk of adverse pregnancy outcome in controlled clinical trials
    臨床試験において、妊娠時の有害なリスクを増加させない

    - is not associated with increased rates of adverse pregnancy outcome in observational studies
    観察研究において、対照群と比較して有害なリスクの増加は関連せず発生率は同程度である

    - does not induce miscarriage or labour
    鍼治療および鍼通電療法は流産や陣痛を誘発しない

    - does not cause harm to pregnant rats
    妊娠したラットにおいても害は与えなかった


 本論文の内容に入る前に歴史を振り返ってみましょう。1996年にイタリアでWHO主催による「鍼に関する会議」が開催され、1999年にWHOにより「鍼治療の基礎教育と安全性に関するガイドライン(Guidelines on Basic Training and Safety in Acupuncture)」が発表されました。その中の「禁忌」の項で、「この治療法の完全な禁忌を規定するのは困難である。しかし以下の症状は避けるべきである」と記述があります。その症状とは、緊急時もしくは外科処置が必要な状況、悪性腫瘍、出血性の疾患、そして妊娠と記述があります。もう少し詳しく読んでみると、「特定の経穴に特定の手技をもって刺鍼した場合、子宮収縮・流産を引き起こす可能性があるという情報が伝えられているが、実際妊婦の陣痛誘発や出産時間短縮の目的で用いることがある。第1三半期には下腹部・腰仙部の経穴への治療は行ってはならない。他の目的で鍼治療を行うときには十分な注意が必要である」と記述がなされています。つまり、今から25年ほど前にWHOによって発表されたガイドラインには証拠となる科学的根拠はないことが分かりました。エビデンスも十分に揃ってきた今だからこそ、WHOのガイドラインも改訂されるべきだと思います。

禁忌穴とされている経穴

具体的な禁忌の経穴についはコンセンサスは得られていませんが、妊娠期間中(少なくとも37週未満)に挙げられる候補として以下が考えられています。

禁忌穴として頻繁に挙げられる経穴
三陰交、合谷、崑崙、至陰、肩井、列缺および下腹部の経穴(中極~陰交)、仙骨上の経穴(小腸兪~下髎)

Betts D., Acupuncture in Medicine. 2011.

解剖学的な観点から想定されることを2点挙げています。

  1. 体性内臓反射による子宮への分節性の影響を及ぼす

  2. 解剖学的に下腹部の直下には鍼の深達の程度によって子宮穿孔の恐れがある

また、伝統的には中脘という経穴には、妊娠12週までは許容されるが、それ以降は使用してはいけないとされています。

子宮穿孔のリスクを回避する方法

現代医学的な鍼灸の観点から対処法も記述されています。


  • 前腹壁の刺鍼を想定している場合には、正常妊娠における解剖学的変化を認知しておく必要がある。妊娠時には胎児によって腹直筋が伸長して皮膚が薄くなるため、鍼の刺入深度や刺鍼角度を調節する必要がある。

  • Th12/L1の分節レベルによる支配に対応するミオトームに刺激を行う場合には、背側の同脊髄レベルで施術を行うことで、子宮穿孔のリスクを排除することができる。

  • 下肢に刺鍼を行い、仙骨神経(S2/S3/S4)の末梢神経上にある経穴から脊髄に情報を入力することもできる。


妊娠時の鍼治療は安全なの?

 例えば、三陰交には子宮の収縮と子宮頚管の開口調節に関与しています。妊娠時における三陰交が具体的にリスクをもたらすか評価するには、流産や早産、死産などの発生率を調べる必要があります。


 そもそもの妊娠中のリスクとして、流産は全妊娠の20%に起こり得る合併症であり、そのうち妊娠12週未満が85%を占めます。また早産に関しても、7~11%に起こる合併症で、そのうち40%は早期破水(PPROM)に続発することも知られています。死産の発生率は約0.5%です。


 この論文の結論として、鍼灸は流産や早産、死産などの有害なリスクをあげないとしています。次回(後半)は論文の詳細について触れていきます。


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