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妊婦さんへの鍼灸って安全なの?(後半) #不安を感じているあなたへ

 鍼灸師の松浦知史と申します。
 前回は本題に入る前にWHOのガイドラインに記載されている内容について触れました。今から25年ほど前に発表された「鍼治療の基礎教育と安全性に関するガイドライン(Guidelines on Basic Training and Safety in Acupuncture)」の禁忌の項に妊娠と記述がありましたが、それには科学的根拠はなく、あくまでもその可能性があるといった経験則から記述されていることが分かりました。

妊娠中のリスクについて

 そもそもの妊娠中のリスクとして、流産は全妊娠の20%に起こり得る合併症であり、そのうち妊娠12週未満が85%を占めます。また早産に関しても、7~11%に起こる合併症で、そのうち40%は早期破水(PPROM)に続発することも知られています。死産の発生率は約0.5%です。それでは本題に入っていきましょう。

方法

対象期間:2015年7月まで
文献データベース:PubMed、EMBASE、Cochrane Library、Biomed Central、AMED(Allied and Complementary Medicine)、CINAHL(Cumulative Index to Nursing and Allied Health Literature)Plus、およびSCOPUS
検索用語:鍼治療の検索用語は、“acupuncture”, “electroacupuncture”, “dry needling” and the MeSH term “acupuncture therapy”としました。妊娠に関しては、“pregnancy”, “pregnancies”, “pregnant”, “gravid”, “gravidity”, “gestation”, “gestational”, “obstetric”, “obstetrical”, “obstetrics”, “maternal”, “maternity”, “maternities”, “childbearing”, “antenatal”, “prenatal” and “antepartum”としました。

結果

臨床試験の結果

 妊娠時において15件の鍼治療の臨床試験が行われていました。その研究のプロトコルには1つ以上の禁忌穴が含まれています(表1)。

表1

 この表に含まれている対象疾患や症状は、腰痛および骨盤痛(n = 6)、骨盤位(n = 6)などでした。ここで興味深いのは、至陰は一般的に鍼治療よりも灸治療が推奨されており、RCTにおいて出産前に至陰に灸治療を受けていた女性は、分娩中のオキシトシンの分泌量が減少していることが示されました。つまり、至陰という経穴に灸による刺激を行うことで子宮の緊張や収縮に関与していることが分かりました(RR 0.28, 95% CI 0.13 to 0.60)。
 しかし、これらの研究で鍼灸による妊娠時の重篤な有害事象は報告されませんでした。これは妊娠時に生じる有害事象が発生した場合でも、通常妊娠で発生する頻度と同等でした。

  • Eldenらは、鍼治療群と対照群でそれぞれ4.0%および5.4%の早産率を報告しており(p>0.05)、鍼治療群のすべての早産は妊娠34週以降に発生したと報告しています。

  • Coulonらは、鍼治療群と対照群でそれぞれ6.7%および6.1%の早産率を報告し(p=0.82)、鍼治療群の1人の患者において慢性組織球性絨毛間炎で35週での死産を経験しました。この患者は以前にも同様のことがありました。

  • Smithらは、内関(禁忌穴ではない経穴)に刺鍼を行った278人の女性で、早産率が5.0%で死産が1件と報告しています。つまり、これらの妊娠時におけるリスクの発生率は、妊娠初期の吐き気や嘔吐の治療に用いた治療と同様の結果を示しました。

 13件の研究のうち、8件が出産率と出産時の妊娠週数を明確に記述しており、流産、死産、早産の合併症が生じなかったことを報告しています。また、残り5件の研究も重篤な有害事象が発生しなかったことを述べています。
 合計15件の臨床試験で、のべ823人の妊婦が4549〜7234回の鍼治療を受けた結果、16件の早産、1件の死産、および流産は報告されませんでした。

観察研究の結果

  • Kvorning Ternovらは、腰痛および骨盤痛に対する鍼治療のRCTを行う前に、妊娠14週以降に禁忌穴(合谷、崑崙、腰仙部および骨盤部の経穴)で鍼治療を受けた167人の女性を対象とした後ろ向きコホート研究を発表しました。その結果、早産率は1.2%(2例)であり、この2例の女性に関しても最後の鍼治療からそれぞれ4~9週間後の35週以降で生じており、鍼治療との因果関係は極めて低いと考えられます。

  • 妊娠16週で6回目の鍼治療を受けた女性が子宮収縮を経験しましたが、これは鍼治療に起因するものと分類されましたが、症状は自然に解消し、妊娠は順調に進みました(42週で出産)。

  • Römerらの大規模な後ろ向きコホート研究では、1995年~2003年の間に妊娠中に禁忌穴に鍼治療を受けた5885人の女性の結果が報告され、鍼治療を受けていない群と比較しました(図1)。その結果、鍼治療群と対照群とでは合併症のリスクの発生率に差がなかったことを報告しています。

図1

流産や陣痛を誘発するか?

流産に関して:

  • Tsueiらは、妊娠中絶を希望している妊娠中期の7人に対して、妊娠中絶を目的として三陰交-合谷に鍼通電療法を試みましたが、強い子宮収縮を惹起したとしても中絶した例はいませんでした。

  • Yingらは、妊娠初期の20人が外科処置を受ける前に三陰交-合谷に鍼通電療法を試みましたが、鍼治療によって流産を誘発することはできませんでした。

 以上の結果から、健康な妊婦において鍼治療および鍼通電療法によって流産を意図的に引き起こすことはできませんでした。

陣痛誘発に関して:

  • コクランレビューでは、14件のRCT(2220人の女性)で鍼治療が出産のタイミングに影響を与えないことが明らかとなりました。

  • 陣痛誘発に対する鍼治療の有効性に関しては、Römerらの大規模な後ろ向きコホート研究によっても支持されています。鍼治療群(三陰交や至陰を含む)と対照群では差がありませんでした(10.3% vs 10.4%、p>0.05)。

 以上の結果から、鍼治療によって陣痛を誘発することはできませんでした。

妊娠したラットを用いた実験

 妊娠したラットを用いて三陰交-合谷および小腸兪-膀胱兪に鍼通電刺激を行った後の妊娠に与える悪影響について調査しました。妊娠ラットモデルを24匹(処置群12匹と未処置群12匹)用いました。処置群には鍼通電刺激は5Hzで強度は中程度、刺激時間は25分間の処置を妊娠期間中に6回行いました。セッションは着床期間(7日まで)、胚発育期間(8~14日)、胎児発育期間(15~18日)としました。その結果、着床後の胚損失は、三陰交-合谷の処置群4.6±2.9、小腸兪-膀胱兪の処置群4.0±2.4であり、未処置群(6.7±2.1および3.3±1.9)と有意差は認めませんでした。その後の解剖においてどちらの処置群にも平均して9匹の生存ラットが確認でき、妊娠したラットの各セッションにおいても母体への悪影響はありませんでした。

この論文を読んでの私見

 一般的な妊婦さんに対して鍼灸を行うことで害が生じるという証拠は見つかりませんでした。また、鍼灸の刺激によって生体反応(子宮頸管の拡張や子宮収縮)などは引き起こされますが、これが影響して妊娠の悪影響につながる証拠もありませんでした。
 ただし、この結果は健康的な妊婦さんを対象にしたものであるため、胎盤機能不全や妊娠時糖尿病などの特定の疾患を有する患者さんの安全性は明らかではありません。つまり、鍼治療の不適応となるケースがあることも鍼灸師は念頭において臨床に挑まなくてはいけないと同時に鍼灸不適応となる疾患についても議論が行われなくてはいけないと感じました。

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