思い返せば…
チームに初めて合流したのは2013年。
この年は当時の監督と揉めに揉めたせいでメンタルぶち壊されて、大会が終わってからもしばらくバレー出来ないぐらいだった。
翌年2014年。
学生でバリバリ動いていた最後の年。
兵庫県に競り負けて敗退。
大学に戻れば都合の良い同期の代理キャプテン。
一体なんのためにバレーをしているのか。
なんでこんな楽しくもないバレーを、好きでもない、むしろ嫌いなチーム(大学)で無理してキャプテンまで背負わなければならないのか。
もう何もかもどうでもよくなって、家から出られなくなった。体育館に行くのが怖くなった。
ストレスが溜まるとすぐ月経不順になる体。
滅多に病院に行かない私が、この当時は通院するほどだった。
『自律神経失調症』
聞いたことのある病名やけど、都合の良い病名よな〜なんて学生ながら思った覚えがある。
2015年、本番の年。
半年以上バレーから離れ、運動すらせず、そんなやる気のない奴がなんの役に立つのか…
2年程この大会のためにやってきて、勝手にバレーから離れて、本当に無責任でしかなかったんやけど…
そんなあたしを呼び戻してくれた当時の監督、コーチ。
感謝の言葉じゃ足りない本当に。
人って普段はジャンプする場面てないから、着地の仕方とか体が忘れちゃうみたいで、半年以上ぶりのスパイク練習では着地できずに転ぶことしか出来なかった。ケガしないためのあたしなりの受け身。まだ22歳でピチピチなのに…
スタッフや先輩みんなに笑われたっけ。
そっから火がついたんだったかな〜
結局は初戦敗退だったけど、当時は当時でやり切った気がする。
チーム状況は悪かったにせよ、スタッフのためにも勝ちたかった。
試合後に宿舎へ戻って夕食後に解散。
呆気なく終わったわけだけど、コーチ(今は監督)が泣きながら歌ってくれた【糸】が忘れられない。
引くほど泣き崩れたっけな〜
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