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慢性疾患を抱えている患者の治療意欲を引き出す動機付け面接/型が身につく鍼灸臨床(応用編)

 鍼灸治療は継続して治療をしていても目に見える変化が出るには時間がかかる場合が多く、結果として患者さんは治療意欲を持ちにくく、通院を中断してしまうことがあります。たとえ対象とする疾患や症状に対して鍼灸が有効な治療法であったとしても、その治療を継続すべき患者さんのアドヒアランス低下がアウトカムに影響を及ぼす可能性があります。私は慢性疾患を抱えている患者さんの治療意欲引き出すための動機付け面接として、以下の3点を意識しています。

治療意欲を引き出す動機付け面接の意識すべき3点

  1. 間違い指摘反射を抑えていいところで関わる

  2. 両価性を意識して、しっかり悩むよう応援する

  3. 達成可能な目標を提示し、自己決定を尊重する

間違い指摘反射とは?

 患者さんのやる気を失わせるかかわりの1つに「間違い指摘反射」があります。この間違い指摘反射とは、医療者の「余計な一言」のことです。これは医療者が患者さんを健康に導きたいという思いから、患者さんが間違った道を進んでいると、それを指摘して正しい方向に向けようとする関わり方です(ロードブロックと呼ばれる)。これを行ってしまうと、患者さんの行動変容を妨げる要因となってしまうと考えられています。

 このロードブロックにも多くの種類があります。飲酒がやめられない患者さんを例に「余計な一言」の種類とその具体的な表現についてみてみましょう。

「余計な一言」の種類と具体的な表現

 医療者なら患者さんを健康に導きたいという思いから、つい言ってしまいそうにもなりますよね。これらは患者さんが情報提供を希望した場合や、患者さんから許可を得たうえで行った方が望ましく、できる限りロードブロックを避けることを意識しています。

実際の症例で求められる知識を概説する


CASE

39歳の男性。高校卒業後に就職して、現在は工場勤務。ここ数年でお酒の量が少しずつ増えてきて、飲酒した時にてんかん発作が出現するようになっため神経内科に通院中。なかなか良くならず、妻の勧めで鍼灸院を受診。


 ここからは実際の症例で進行していきます。A(Acupuncturist)=鍼灸師P(patient)=患者とします。

A:お待たせしました。こんにちは。そちらにおかけください。本日、担当します松浦と申します。よろしくお願いします。
P:はい、よろしくお願いします(妻と同伴)。

A:今、困っている症状は何ですか?
P:てんかん発作で困っています。
A:そうですか。今日はまずこれまでの経過や症状についてお伺いします。話しにくいことを伺うかもしれませんが、その時は遠慮なく、あまり答えたくないとおっしゃってください。てんかん発作でお困りとのお話でしたが、どんな状態か、もう少し詳しく教えてください。
P:小児期にてんかん発作と指摘されて受診していましたが、学童期に受診の必要はないと言われました。高校卒業後就職して、工場で勤務していました。その後、お酒の量が少しずつ増えて、飲酒したときにてんかん発作が出るようになってきました。神経内科に通院していますが、なかなか良くならなくて、妻に勧められて受診しました。
A:それは大変でしたね。いつから調子悪いですか?
P:35歳のときに転職して、職場で周りになじめなくてお酒の量が増えてしまって、大体その頃から、てんかん発作がでるようになったのを覚えています。
A:そうするとこの4年間では徐々に具合が悪くなっていますか?それとももっと悪い時期はありましたか?
P:大体横ばいですが、断続的に発作が起きる感じです。
A:ご自身では何か原因になるようなことについてお心あたりはありますか?
P:私は大丈夫だと思っていますが、妻がお酒の量が多いんじゃないかって言ってるんです。普段は少ない量にしてるから自分でも調整することは出来ていると思います。
A:具体的にどんなお酒をどのくらい飲まれるんでしょうか?
P:普段は少ない量ですが、多いときは食事も摂らずに焼酎5L瓶を5日程度で空けるような感じですが、最近はそんなことないです(と患者はいいますが、同伴されていた妻は首を横に振っているのが目に入ります…)。

シナリオ①

A:てんかん発作と飲酒の関連はありますし、さすがに飲みすぎだと思います。奥さんも心配してるんだから、まずはお酒を減らすかやめる努力をしないといけませんよ。実際に症状も出てますしね。
P:言われなくてもわかっています!ここには二度と来ません。
A:はい、そのようにしても構いませんよ(怒りっぽい患者だな。・・・まあ、いいや)。

 シナリオ①では、正しい情報を一方的に抵抗感を示した例を紹介しました。治療者は何一つ間違ったことを言っていませんが、正論で説き伏せようとしてもうまくいかないことが多くあります。
 この場合は、共感的理解を示すことが重要な役割を果たします。

論理的理解と共感的理解

 シナリオ①では、言動の背景(飲酒)にどのような感情があるのかを想像しながら聞く”共感的理解”が欠けていました。間違い指摘反射を抑えていいところで関わることが意識すべきポイントと言いましたよね。それでは、もう一度、共感的理解を示した例を紹介していきます。

(症例の続きをもう一度)
A:具体的にどんなお酒をどのくらい飲まれるんでしょうか?
P:普段は少ない量ですが、多いときは食事も摂らずに焼酎5L瓶を5日程度で空けるような感じですが、最近はそんなことないです(と患者はいいますが、同伴されていた妻は首を横に振っているのが目に入ります…)。

シナリオ②

A:てんかん発作が起こるきっかけをわかっていて、お酒も少ない量にしている。体のこと気を遣っておられるんですね(☆ いいところを認める)。
P:まあ、そうですけど…。妻が鍼してリラックスしたほうが言っていうから来ました。
A:奥様に勧められて受診されたと思いますが、よく来て下さいました。予約はいつでもキャンセルすることもできたのに今日お越しいただいたのは、何か理由があったんですか?(☆ Open question
P:てんかん発作が多いので、怖くなってきたのはあります。お酒が良くないっていうのもいつも言われてるんですけど、仕事のストレスでつい飲んでしまいます。
A:お酒でてんかん発作が起こりやすくなるということですね(☆ 振り返りの傾聴)。
P:飲みすぎたり、疲れているときに飲んだりすると意識がなくなる発作が起こりますね。1ヶ月くらいやめていたときもあるんですけどね。
A:1ヶ月もやめられたとは、すばらしいですね(飲みすぎた話は扱わず,☆ いいところを認める)。意識がなくなるのは怖いですし、心配ですね。
P:発作が起きて転んだこともあります。さすがにまずいな思ってお酒を捨てたりしましたが、それでも続かなくって…。
A:それは怖ったですね(☆ 共感)。その状況でも飲み続ける理由は何かございますか?
P:もともとお酒は好きでしたけど、転職してから職場になかなかなじめなくて、それで飲むと気分が良くなるので…。
A:飲まないとやってられないって感じですか?
P:そうですね。それで飲みすぎて発作が起きます。
A:お酒が辛い気持ちをやり過ごす助けになるのと同時に、お酒がてんかん発作を引き起こすこともあるんですね(☆ まとめて要約する)。最近は、お酒の量はいかがですか?
P:一応、1日に25度の焼酎500mLまでって決めていますが、守れないときもありますけどね。
A:ご自身の中で安全ラインを決めておられるんですね(☆ 間違い反射を抑えていいところを認める)。
P:でも妻はわかってくれなくて、少しでも飲むと即アウトなんです。やめられない自分が悪いんですけどね...。

 シナリオ②では、共感的理解を示した結果、患者さんに「飲みたい気持ち」と「飲みたくない気持ち」が認められました(☆ 両価性)。

両価性とは、正反対の感情が同時に浮かぶ葛藤の強い状況を指す

両価性

 そして、私は患者さんの変化の気持ちを引き出す際にはOARSという手法を用います。

OARSとは?

 例えば、「酒で死んでも本望だ」と言っている患者さんですら、「酒を飲むと体が怠い」や「手が震えて仕事にならない」という健康的な側面に目が向いています。OARSでは、その健康的な部分をみつけ、それを引き出し強める技術のことです。

OARS

シナリオ②の続き

(鍼灸治療が終わって・・・)
A:初めての鍼灸治療はいかがでしたか?
P:とてもリラックスできました。なんだか体も軽い気がします。
A:それは良かったです。それと、お酒に関してですが、今後どうなさりたいですか?
P:う~ん、正直飲まない方がいいと思うけど、やめる自身がなくて...。ごめんなさい。
A:大切なことは決めるのに悩んで当然ですよ。急にやめるのは難しいですから、お酒の量を減らすことから考えてみてはいかがですか?具体的には、500mLは超えないようにするとか、焼酎のアルコール度数を下げてみるとか、食べながら飲むとか、いろいろ方法はありそうですね(☆ 達成可能な目標を提示する)。
P:そしたら度数を25度から20度にしてみようかな。
A:すばらしいですね。他になにかしてみますか?
P:いや、今回はこのくらいにしてみます。
A:わかりました(☆ 自己決定を尊重する)。焼酎のアルコール度数を20度に下げてみましょう。経過はまた来週お聞かせください。それではお大事になさってください。

 シナリオ②の症例では、治療者はあくまでいいところを認めるスタンスを貫きました。まとめの際も会話のすべてをまとめず、いいところだけを選び話を展開していました。私が患者さんに選択肢を提示する際は、具体的な内容で8割くらい成功しそうな目標を提示するように心がけています。それは、成功体験を通じて自己効力感を育むことが目的だからです。

シナリオ②の注意点

  • 複数の選択肢からなかなか選べない患者さんもいます。その場合には、しっかり悩んだことを認め、すぐに決めなくても良いと声をかけています

  • また、失敗しそうな目標を選ぶ患者さんもいます。その場合には、決めたこと自体を認め、自己決定を尊重します

最後に

 コミュニケーションの基本はABCです。患者さんと信頼関係を形成するためにはさまざまな技術が必要です。患者さんと信頼関係を築くことができれば、治療意欲も引き出すことができ、鍼灸治療を継続する要因にもなります。このようにアドヒアランスが向上すれば、アウトカムにも影響を及ぼすものと考えられます。


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