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企業価値担保権、成立までの道のり_vol.1 担保法制度の変遷

経済成長の中心となる産業のあり方や経済環境はこれまでに大きく変化した。
かつては工場・機械といった有形の資産を価値の源泉とする繊維工業や重化学工業等を中心に、追い付き型・右肩上がりの経済成長が長く続いた。
しかし、現在では、経済の成熟化等に伴って、先行きが見通しにくくなり、また、情報や顧客基盤といった目に見えない無形の価値の重要性も高まっている。

事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会 論点整理 令和2年12月25日 3頁

令和2年11月4日に設置された「事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会」において、金融庁ホームページで「論点整理」として公表されている成果についての考察である。
今年6月7日に成立した「事業性融資の推進等に関する法律」は、金融庁の取り組みとして「事業成長担保権」という仮称により議論・検討が続けられて来た。
担保と言えば、抵当権などの物的担保と経営者保証の人的担保が中心と考えられるが、興味深い変遷の記載がある。

1898年に施行された明治民法は、約定担保権として不動産抵当権と質権を整備した。しかし、不動産抵当権は生産要素の一つである土地・建物・機器類等(事業価値の源泉)を一体として担保化できない点で、また質権は債務者から担保目的物の占有を奪う点で、事業性の金融には適さなかった。

事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会 論点整理 令和2年12月25日 8頁

抵当権は対象が「不動産」である。すなわち「土地」と「それに付加して一体となっているもの」と「建物」であり、「動産」(機械や製品など)には設定できない。
動産を担保にしようとすれば「質権」となり、「占有の継続」(現実的に手元に置いておくこと)が第三者対抗要件となるために、事業用資産から切り離さなければならない。

そのため、明治民法施行後のわずか7年後、工場、鉱業、鉄道の3つの財団抵当法による手当てがされた。事業に係る資産(事業価値の源泉)を特定し、まとめて1つの不動産とみなした上で、担保権を設定することが認められ、事業者の資金需要にもある程度応えられるようになった。 しかし、財団抵当法では事業者による事業資産の処分が著しく制約されること、財団目録の作成・変更が煩雑であり事業内容が変動しやすい場合は利用が難しいこと、事業継続による価値は担保権の対象外であること等から、この担保権を利用できる事業者は、一部の製造業等に限られた。

事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会 論点整理 令和2年12月25日 8頁

事業用資産を纏めて担保設定できたとしても、物の入れ替わりや将来のキャッシュフローには対応できないという問題点は残されたままであった。

事業の収益性に着目した資金調達に向けた機運が高まった2004年には、動産・債権譲渡登記制度が整備され、ABL(事業を継続させる「生かす担保」) の発展が期待されたが、事業の一部でしかないことや、実体法の整備に踏み込まれなかったこと等から、利用される場面は限られている。

事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会 論点整理 令和2年12月25日 9頁

「実体法」とは民法であり、特別法として「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」によって「法人」についてのみの特例が認められた。
民法の債権法改正は2020年に行われている。

近年は、情報技術の発展等に伴って、事業価値の中心が必ずしも有形の資産ではなくなり、事業独自の技術やノウハウ、戦略等の無形の資産の重要性が高まる中、有形の資産の価値と事業全体の価値との乖離が広がっている。個別資産を対象とする担保権では、こうした無形の資産を含む事業全体の価値を捉えることはできない。

事業者を支える融資・再生実務のあり方に関する研究会 論点整理 令和2年12月25日 9頁

Web3やIoTなどの技術や、AIが時代を席巻し、CSO(最高戦略責任者)という肩書が代表するように「無形の事業資産」が有形資産と同様に価値あるものとなり、いよいよ新たな「担保権」の必要性が増して来た。
新型の担保権は従来型担保権の課題や、事業価値の変化を解決するものでなければならならず、事業成長担保権(仮称)と名付けられた。

金融庁ホームページ 事業全体を対象とする担保制度の検討 (fsa.go.jp) より引用

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