見出し画像

⑧眠れないということ

 22時を過ぎると病棟は廊下にある足元の電源を残して消灯されるので懐中電灯を持って歩き回る。
 『巡視』と呼ばれる看護業務だ。

 何をしているかというと、

点滴だったり機械が動いているかという
『治療の継続が行われているかの確認』

 夜中にトイレなどで起きた患者さんが暗がりのなかで例えば持ってきた荷物につまづいて転んだりしないか、足元に障害物がないかなどの
 『環境整備』

あとは

『生きているかの確認』だ。
 看護師は常に一人一人の患者さんが生きているか確認をしている。

 モニター心電図など機械が生命維持を確認してくれる場合もあれば

 静かな病室に「…すぅ…すぅ…」微かに聞こえてくる寝息を聞いたり

 掛けている布団の僅かな上下の動き
 寝返りや手足などの動き

 起こさないように、暗がりの中そうっと確認している。

 入院していなくたって急に人は死んでしまう。病院では怪我や病気など放っておくと人が死に近づいてしまう状態の人が何人もいる。巡視していると、それを改めて感じる。暗がりの中で生きているか確認することは、ほんとうは怖くて、緊張して、孤独になる時間だ。

 廊下で警備員さんとすれ違う。いつもだったら「お疲れ様です!」と声を掛け合うが静かな病棟にそれは響き渡ってしまうので会釈をする。警備員さんは戸締まりや消防設備などを確認して足速に去っていく。病棟毎に動く我々と違い、この広い病院全体を対象としているのでうかうかしていると夜が明けてしまう。「お互い、何もないといいですよね」なんて心の中で健闘を祈る。

 「あとはこの部屋を巡視したら明日の朝の内服薬の確認をしよう…」
 と思いながら部屋に入ると、患者さんが暗がりの中ベットの縁で座っていた。

 本来は布団をかぶって横になる、臥床しているはずなのに暗がりの中、表情も見えず起きて座っている姿はとても驚く。幽霊なんて信じてないけれど、突然視界に人が現れると鳥肌がたつ。



「……大丈夫ですか」
 としゃがみながら小声で話かけるので精一杯だ。

「ちょっとね…」

「眠れないです?」

「そうね、ああ、まだ23:00か…」
ケータイの待機画面を眺めてため息をついていた。

「夜って、時間がゆっくりなんですよね。だから寝れないで過ごすって意外と大変なんですよね」

「そうそう、横になってもしょうがないから起きたけどね。」

「痛みがあったり、辛いところはあります?」

「お陰様で、昨日は痛かったんだけど寝る前に痛み止めくれたでしょ?だから今は何もないはずなのになんか眠れなくて。なんでだろう。」

「痛みどめが効いててよかったです、夜痛いっていってたから」

不眠の原因を振り返る

『身体的症状』
手術や疾患による痛いという疼痛や、息苦しいという呼吸困難感、頻尿で何回もトイレに行く、皮膚の痒みである掻痒感などの『身体のつらい』という眠れない

患者さんは前回の夜勤の記録に痛みで夜中鎮痛剤の内服があったと記載があった。だから痛くて起きるのはつらい。痛くなるかもしれないならば予め防げるといいよね。と今の眠れないは疼痛によるものなのではないか、鎮痛剤の変更や追加と消灯前に鎮痛剤の内服を提案した。おかげで前日の不眠の要素のひとつである疼痛はなくなった。


『薬理的な要因』
さまざまな異常に効果を発揮するステロイドという薬の副作用に不眠がある。薬剤の中には不眠が副作用のものがいくつかある。他には在宅ではアルコールなどが要素にあがる。アルコール中毒などでは飲むのを辞めたときも離脱症状として不眠になるのは、入院初日なんかに多い。そういった副作用ないし離脱症状として不眠が出現する。薬理作用を把握していないとなんで眠れないのだろうと患者さんと首を傾げることになる。


『環境要因』
療養環境を整えることが看護のひとつであるけれど、その療養環境をととのえる要素として『音』『光』『温度』『湿度』などが挙げられる。静かに横になっている患者さんの部屋に、隣の患者さんのいびきだとか、夜中に手術や治療、検査などを行うために医療機器が出入りする、ガチャガチャという器具の音、医療者の足音だとかが聞こえてくると想像するだけでも眠れないということがわかる。

 温度や湿度は病院では空調が常に作動しており、なるべく一定に保とうと頑張ってくれてはいるが、発熱し、暑い患者さんにとっての暖房はまるで暑く感じる。


後輩に「いつも電気付けて寝てるからあの4つベッドがある仮眠室嫌なんですよね、暗い中寝なきゃいけないし」と言っていた子がいた。「明るい中寝ると目悪くなるらしいよ」なんて答えて「あははでも裸眼です!」と返されたけれど『夜は暗くして寝る』はみんながそういうわけではないということなのである。

 いつも眠れている環境が、今自分が整えようとしている環境ではない。その人の眠れている環境を知っておく必要がある。


『心理的要因』
環境要因と少し似ている。ストレスや緊張で眠れないということ。

初めての入院、初めての治療
他者と過ごすということ
病気になってしまったという衝撃
これからへの不安、絶望
家にいる家族への心配
これからある手術への緊張

 いろんな想いを漠然とかかえながら消灯を迎える。すぐに解決することが難しい問いを延々と繰り返すことは少なくない。


『精神障害』
うつ病、不安障害、統合失調症などが原因によるものだ。話を聴いていると、「実は家でも眠れていませんでした。」なんて人もいる。看護師は診断することができない。けれども専門機関に襷を渡して、繋ぐことはできる。


看護師は不眠の患者さんがいたら、こんなことを考えながら対応している。

 そもそも眠るということは「覚醒しないでいる」という生理現象だ。身体や心の状態を回復したり、思考を整えて脳を成長させたり、記憶を強化したり、この朝だとか夜だとかの時間の変動を維持するなど、色んな意味がある。だから患者さんが眠れるようにすることは入院することのひとつの大切な要素なんだ。


 目の前にいる患者さんの眠れない要素を振り返りながらさまざまな対策を行っていく、話を聞くことで安心して眠る人もいれば、睡眠薬を飲んでみたり、治療をすすめてみたり。


 眠れないことに対して、「寝なきゃ」「寝れなくてどうしよう」と焦ったり落ち込んだりする患者さんがいる。我々も夜寝れてない!と思いがちだ。たしかに夜は寝る時間ではある。

 眠れないことは悪くない、眠れない日があってもいい。
 そんな想いを伝えて、少しでも安心して入院できるように、暗がりの中、しゃがんで患者さんに声をかける。

「こうやって話をしてくださってありがとうございます。それでー

サポートしていただけたらチョコレートかいます!描/書く燃料!