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フラワーヒル・ショートストーリー:8「節分の豆まきと聖母マリア様」

フラワーヒル・ショートストーリー:8
『節分の豆まきと聖母マリア様』

「節分では、年の数だけ豆を食べる」
私はこの瞬間が不安だ。
今年の節分は、彼の部屋で一緒に過ごす事になった。
彼と鬼のお面がおまけに付いている豆をスーパーで買ってきた。彼はその鬼のお面を被り、両手を上げて「ガォー」と声を上げながら、私に近づいてきた。
「ガォー」の声に若干の照れが入り小さくなって、迫真の演技とはならなかったが、私は「鬼は外!福は内!」と言いながら、彼に豆をぶつけた。
当たっても痛くないように軽く投げたが、彼は大げさに痛がるフリをしてくれた。どうやら鬼の演技に慣れてきたようだったが、豆まきはこれで終わりになり、一緒に豆を食べる事にした。

ここからが本題です。
私が「節分では、年の数だけ豆を食べる」という事がなぜ不安なのか?
それは私が彼に、年齢を誤魔化しているからだ。
彼は自分の年の分だけ豆を取り、私には自分より3粒少なくくれた。
彼は私を三つ年下だと思っているが、実は彼より五つ年上なのだ。
「節分だから、年の数だけ食べてるよね」
彼がそう言ってきたので、私は節分の豆を食べる手を止めた。
「本当に、この数で合っている」と聞いてきた。
もしかして、私が年齢を誤魔化しているのが、バレてしまったのか。
「この数で合っているよ。年上みたいに世話を焼くけど、この数で合っているよ」と私は冗談っぽく答えた。
「年上みたい」は余計だったかもと思った。

彼との出会いは偶然だった。
私がバッグをひったくりにあった時に、近くを歩いていた彼が犯人を捕まえようとして、彼が殴られてしまい、私が介抱したのがきっかけだった。
彼はバッグを取り返せなかった事を何度も謝ったが、悪いのは犯人で彼ではない。
私は大した物は入ってないから大丈夫だと言ったが、彼はまるでこの世の終わりのような顔をして、土下座までして謝ってきた。私は周りの目が気になったので、とりあえず彼と近くのカフェに入る事にした。
彼に何度も大丈夫だと伝えたら、やっと安心したようだったが、それでも自分の責任のように必死で謝る彼に、私は好感を持った。
彼は私を自分よりも年下だと思ったようで「ここはお兄さんの俺が払うよ。この時代では年上が奢るのが常識なんだろ」と言ってきた。
初対面で、いきなり妹扱いされた事に、少しだけ腹が立ったが、私は小柄で童顔なので、年齢より若く見られる事が多いから、彼に悪気はないのだろうと思った。
「僕は※§才だけど、君はいくつ」
いきなり私の年齢を聞いてきた。
「¶Δ才です」私は彼より年下とするため、彼の年齢よりも三才若い年齢を言ってしまった。本当は、彼よりも五才年上なのに。
「資料とは少し違うが、何となくそれくらいの年齢だと思った」
資料とは何の事だと不思議に思ったが、彼は私を年下だと信じたようなので、私は年下キャラとして、彼と付き合う事になってしまった。
これがいけなかった。
私は、いつも本当の年齢がバレないか不安になった。
若い人のファッションやメイクを研究したり、年齢がバレそうな話題は上手くすり替えたりして、必死に年下キャラを演じたが、私の不安は取り越し苦労に終わった。
彼は、かなりの世間知らずで、結構頼りなかった。
「海外で育ったから、日本の事は良く知らない」と彼は言っていたが、彼は東京の街並み、人の多さに驚き、私のスマートフォンを珍しい物のように観察するなど、日本語は問題なく話しているのに、何でこんなに知らない事が多いのか不思議だった。
でも、本当は年上という事がバレるのが不安な私にとっては、都合が良かった。
常に私がリードするようになり、そのおかげで私がお姉さんっぽい言動をしても大丈夫になった。私は年下だけどお姉さんのように世話を焼くキャラになっていた。
彼はそんな私を嫌がるどころか、私が世話を焼くと「本当に優しい人なんだね」とちょっと大げさなくらい感謝してくれたが、それは感謝するのというよりも、まるで何か祈るのような感じだった。

「本当は、違うんだよね」
彼は良く見ると、豆を一粒も食べていなかった。
「これは正しい数じゃない。節分は年の数だけ前を食べないといけないよね」
私は年齢を誤魔化している事が、バレたのだと思った。
彼がどこで気づいたのかと思ったが、今はどこでバレたかではなく、これからどうするか考えないといけない。
正直に言った方が良いかな。
でも今まで、ずっと騙してしたから、怒るかもしれない。
何よりも三才年下だと思っていた彼女が、実際は五才も年上だと知ったら、このまま付き合ってくれるとは思えなかった。
私は鬼のお面を彼に渡して「また鬼の真似をしてよ」と話題を変えてみた。
しかし、彼は鬼のお面を脇に置いて、真剣な表情で私の方を見ている。
「僕は、豆を食べちゃいけない人間なんだよ」
豆を食べちゃいけないとは、どういう意味だ。

「僕は、六千年後の世界から来た未来人なんだ」
「この時代には、まだ存在していない。だから、豆を食べちゃいけないんだよ」
彼は意外と言うか、意味不明な事を言ってきた。
私は彼の顔を見たが、冗談を言っているようには見えなかった。
「タイムマシンは、部屋の机の引き出しの中に隠してある」
タイムマシンは机の引き出しの中って、青いネコ型ロボットのアニメの事を言っているのか。彼はアニメと現実の区別も付かないのか。
余りに突拍子もない彼の話に、私を何も言い返せなかった。
彼が話している事は、本当の事なのか、手のこんだサプライズなのか。
私は判断できず、固まってしまった。
「この時代に来た目的は、僕のいる六千年後の世界の聖母マリア様を守るためだよ」
「聖母マリア様を守らないと、僕の世界は消滅してしまう」
本当に何を言っているのか理解できない。
「私の名前がマリアだからって、六千年後の世界の聖母マリア様とはどういう意味」
「へんな冗談を言わないで。思いっきり滑っているよ」
私は、彼が冗談を言っていると思いたかった。
「君が僕の世界の聖母マリア様だと言っただろ」
彼は、そんな私を無視するかのように、話を続けた。
「これから未来の事を少しだけ話すよ。すぐに理解する事は難しいと思うけど、落ち着いて聞いてほしい」と未来の事を話し始めた。
どうやら六千年後の世界では、私は聡明で慈愛に満ち、人々の救済のために生涯を捧げた聖母マリア様のような女性と言う事になっていた。
彼だけでなく、その時代の全ての人々の信仰の対象になっていて、私に関する伝説も幾つか話してくれたが、確かに伝説上の私は本当に素晴らしい女性だった。これなら聖母マリア様のように信仰の対象になると思えた。
「君のような素晴らしい女性は、歴史上に存在しない」と彼が真顔で言ってきた。
私は自分で言うのも何だけど、性格はそんなに悪くはない方だと思う。それに人様に迷惑をかけるような事は…余りしていないと思う。前科だってない。でも、いくら何でも盛り過ぎだ。私が困惑して黙っていると、彼はまた話し始めた。
「僕は君を守るためにこの時代に来た。最初の任務は君をひったくりから守る事だった」
彼との出会いは偶然ではなく、あらかじめ計画されていたようだ。
「君をひったくりから守れなくて、僕はいきなり任務に失敗したから、命を捧げて償おうと思った」
だから、この世の終わりのような顔をして、土下座までして謝ったのか。
「そんな僕を君は許してくれた」
あんなに必死に謝れられたら許すしかないよ。
「傷まで癒してくれた」
あの状況では、私じゃなくたって介抱するよ。
「君はこの時代の事を何でも知っていて、本当に聡明だった」
私が教えた事は全部一般常識だし、結構スマートフォンでググってから答えていたよ。
「この時代に慣れていない、僕を導いてくれた」
導いたなんて、頼りないからリードしていただけだよ。
今までの彼の不思議な言動は、六千年後の世界から来た未来人だったからなのか。
「君は伝説通りの素晴らしい女性で、本当に聖母マリア様なんだと思ったよ」
彼は私の行動を、全て都合良く解釈している。
「君が、僕の世界の聖母マリア様なんだ」
「君がいないと、僕の世界は消滅してしまう」
「これからも君のそばで、君を守らせてくれないか」
まさか、これはプロポーズなのか?
それにしても、訳がわからない。
「もう、何がなんだかわからないよ」
私は思わず、彼に怒鳴ってしまった。

その時、彼の部屋にある机の引き出しが勝手に開いた。
「ガオー」さっきの照れながら言っていた彼の声とは違い、地鳴りのような声が聞えてきた。
そして、引き出しの中から、赤、青、黄色の鬼が出てきた。
これは余興なのか。彼の友達とかが仮想をしているのかと思ったが、この鬼は本物にしか見えない。
間の抜けた顔だが、鬼の身長は2メートル近くあり、全盛期のアーノルド・シュワルツェネッガーのようなゴリゴリの筋肉をしていて迫力満点だ。
鬼は私の方に向かってきたので、私は必死に逃げた。
ドアを開けて外に逃げようと思ったが、透明な壁に阻まれて出る事ができなかった。
「タイムトラベルの影響だ。この部屋は時空から切り離されている」
彼がまた変な事は言っているが、部屋の外に出れない事は間違いない。
気が付くと私は鬼に取り囲まれていた。
その時、彼が鬼と私の間に割って入ってきた。
「僕が君を守る」
彼は両手を広げて、まるで鬼から私を守るように前に立った。
鬼が彼に襲い掛かってきた。彼は必死に私を守っている。
何とか助けなきゃと思ったが、どうすれば鬼を退治する事ができるのか。
「さあ、その豆を鬼にぶつけるんだ」
彼はさっきまで、私が食べていた豆を渡してきた。
スーパーで買ってきた豆をぶつけても効果があるとは思えなかったが、私は彼が言うように、鬼に向かって、豆を投げてみた。
やっぱり、鬼には全く効かなかった。
「呪文を叫ぶんだ。君なら、鬼を退治する呪文はわかるだろう」
鬼を退治する呪文とは何だ。
私は迷ったが、節分だから、この言葉しか思いつかなかった。
「鬼は外!福は内!」
豆は鬼に当たった瞬間、光と爆音を立てて破裂した。
鬼にダメージを与えたようだ。鬼が苦しんでいる。
スーパーで買ってきた豆に、こんな効果がある事に驚いた。
私は鬼に向かって、もう一度豆を投げた。
「鬼は外!福は内!」
今度は、さっきよりも凄まじい光と爆音を立てて爆発した。
その爆風に吹き飛ばされ、私は気を失ってしまった。

目覚めると、私のすぐ隣に彼が座っていた。
鬼はいなくなっていたが、部屋は嵐の過ぎ去った後のように散らかっていた。
私はあの鬼が本当にいたのか、夢の中の出来事だったのかわからなかった。
彼の机がボロボロに壊れているのが見えた。
「あの机はどうしたの。何で壊れているの」
「鬼を退治した時に壊れてしまった。これでタイムマシンが壊れてしまった」
「タイムマシンが壊れたら、どうやって未来に帰るの」
引き出しの中にタイムマシンがあったとは信じていなかったが、私は彼に聞いてみた。
「もう未来には帰れない。この時代の人間として生きていくしかないようだ」
「この時代の人間になったから、豆を食べても良いよね」と言って、彼は目の前にある豆を食べ始めた。その表情はどこか寂しそうに見えた。

「とりあえず、部屋を片付けよう」と言って、私は彼の部屋を片付ける事にした。
彼の部屋を良く見ると、世界地図、辞書、図鑑など様々なジャンルの本が散乱していて、私はその本の数に驚いた。
本を拾いあげて中を見てみると、沢山のメモが挟んであった。メモを見てみると私が彼に話した内容が細かく記録してあった。それだけじゃなく、発音の仕方、言葉の意味などを調べてあった。彼は必死になって、この時代で生きようとしていたのかもしれない。
「この時代の事を調べていたの」
私が聞くと、彼は静かに頷いた。
「六千年後の未来なら、簡単に覚えられる科学技術とかなかったの」
彼は首を横に振ってから「そんなに都合良く、科学技術は進歩しなかったよ」
「タイムマシンは偶然の産物なんだ。それに一度使ったら、帰る事は出来ないんだよ」
「もう使えなくてもタイムマシンを見れば、自分と六千千年後の未来が繋がっていると思えたんだ」彼は必死に涙を堪えているように見えた。
帰れないと解かっているタイムマシンに乗り、何も知らない、誰を知らない時代に来た彼が、どれだけ孤独だったのかと思ったら、私は胸が苦しくなった。
「これからも君を守らせてくれないか。さっきの事で君はやっぱり聖母マリアだと確信した」と彼は私を見つめながら言ってきた。
「私は聖母マリア様なんかじゃない。そんな素晴らしい女性じゃないよ」
「さっきだって適当に豆を投げただけだよ」
「それに年齢だって、3才年下じゃなくて、本当は5才年上なんだよ。ずっと嘘をついてたんだよ。ほら涙で化粧が落ちたら、シワやシミだってあるんだよ」
私は何を言っているんだ。自分でもわからなかったが、窓に映る自分の顔を見て、我に返った。そこには、泣き顔で鼻水まで流して、滅茶苦茶になっている私の顔が映っていた。
私は恥ずかしくなり、すぐにでも顔を隠したかったので、足元に転がっていた鬼のお面を手に取り顔を隠した。
鬼のお面にある目の形を穴から除くと、彼が近づいて来るのが見えた。
「鬼は外!」と言って、彼は私から鬼のお面を取った。
「福は内!」と言って、彼は私を思いっきり抱きしめた。
それは、六千年後の未来から来た彼のストレート過ぎる愛情表現だった。
私は、そんな彼の愛情表現を受け入れた。

とても良く晴れて、まるで春が来たような朝だ。
私が目を覚ますと、隣りに眠る彼も目を覚ました。
床には、あの鬼のお面が転がっていた。
「あの鬼は、本物だったの」
私は昨夜から、疑問に思っていた事を彼に聞いてみた。
「あの鬼は5千年後の未来から来たんだ。5千年後の未来では、君は悪魔の女王と呼ばれていて、人々の憎悪の対象になっているんだよ。124年ぶりに2月2日が節分になる日に、鬼が君を殺しに行くと記録があったから、僕はこの時代に来たんだよ」
彼はとんでもない事をさらりと言ってから、また未来の事を話し始めた。
彼の話では、私は4千年後の未来では富と名声に狂った女帝、3千年後の未来では色欲に溺れた魔性の女、2千年後の未来では人類の半分を虐殺した魔女と呼ばれているらしい。私に関する伝説も幾つか話してくれたが、本当にひどい事を沢山していて、話を聞いているだけで吐き気を催すような女性だった。
私の未来は、本当にどうなっているんだ。
「それでも、僕は君を守り続けるよ」
彼がストレートに言ってくれた。
私はひとまず年下キャラのように、彼に甘えてみようと思った。

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