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初めて親とお寿司を食べた

大学3年生の4月。私は初めて、東京の回らないお寿司屋さんで寿司を食べた。

その日は、はるばる福島からやってきた両親と、京急線の駅で待ち合わせた。

一軒家の特別介護施設で、5年ぶりに親戚と再会した。

お互いに遥かな記憶を引っ張り出して、5年分の思い出話をした30分。

親子3人後部座席にぎゅうぎゅう詰めのタクシー。
決して親切とは言えない運転に身を任せ、無言のまま待ち合わせた駅へ戻った。

そこから父の大学時代の友人が住む横浜へ。

私は全く覚えていないが、中学2年生の時に亡くなった祖母の葬儀で会ったらしい。

大学の話を聞かれ、それっぽく受け応えつつ、昼間から酒を酌み交わす父たちの思い出話を聞いていた。

障がい者手帳を持つ母と介助者の父が窓口で駅員とやりとりをするペースに合わせ、私はSuicaで改札を抜ける。

そんなこんなで1日中歩き回ってくたくたな3人が、下宿先の最寄りにある、私のバイト先の、回らないお寿司屋さんで寿司を食べた。

「こういう日を早く迎えたかったんだ。」

日本酒を飲みながら、父はそう呟いた。

補聴器をつけている母には、聞こえていないようだった。

父に似てお酒が強くなってしまった娘は、じっとその言葉を聞いていた。

あれから2年3ヶ月が経った今日

私は1ヶ月ぶりに父へ電話した。

Instagramで目にした
”福島県では29日明け方まで土砂災害や河川の氾濫に注意してください”
の文字。

台風で浸水した実家を思い出して、何も考えずにアドレス帳を開いた。

「娘の声を聞けて、最高に幸せな夜になりました。」

電話口できっとウイスキーを飲みながら、父はそう呟いた。

隣にいる母も、同じ言葉を繰り返した。

電話口で牛乳を飲んでいた娘は、ただ”うん”と呟いた。

一人娘と大学生

お寿司を食べたあの日から、親と向き合うのが一人娘の責任だと思い始めた。

水害で泥だらけの実家を見てから、人生の根っこと向き合うのが私の責任だと思い始めた。

まだ向き合い方はわからない。

でも、向き合わないといけないと、娘の声が聞こえてくる。

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モヤモヤな日常を着飾らず言葉にしたい22歳。
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