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知る未来で変わる僕、それとも変わらない未来を選ぶ僕③

ドアが開いた瞬間、白さの眩さに僕はクラっとした。
外の煉瓦作りからは想像が出来ないくらい高級なホテルのラウンジのように広くて、全てが白だった。
白い壁、床、天井、テーブルにイス。
その中を真っ赤なスーツを着た女性と項垂れ付いていくグレーのスーツの僕。
本当に僕は滑稽だよ。
グレーなんて白黒はっきりしない僕そのものじゃないか。
タミにいつも言われるように、ビシッと黒で決めてくれば良かったよ。
タミ、君が実はいつも正解だったんだなんて、今頃気が付いたなんて皮肉だよね。


女性は静寂な部屋の隅に行き僕にイスを勧めた。

僕はまだ引き返せると思っていた。
あらすじは迷子の都会からのビジネスマンさ。
これでいこう。
女性も僕の真向かいに座ると机の上のベルを鳴らした。音はしない。しなかったが、奥のドアから、全身白いスーツの人が現れて何やら二人で話している。
タミ、きっと僕は白さの眩しさに目がおかしくなっていたんだ。だって全身白い人が男性なのか女性なのかすらわからなかったんだからね。
ビビり屋なんて笑わないでくれよ。


白い人は消えて僕と赤いスーツの女性だけになった。
「さて、後悔だらけの顔をした方、こんなところでどうなさったんでしょうか」
僕は用意していたセリフをそのまま口にした。
都会から仕事で来て昨日は電車に間に合わなかった事、電車で帰ろうとしたが、長距離バスもいいかなと思ってバスを利用したが慣れずに間違えてしまった事。
僕にしてはつっかえる事なく言えた気がする。
女性は微動だにせず聞いていた。

「そんな理由で迷子になってしまったんですよ。
ここから歩いて一番近くのバス停まで歩くか、タクシーを使って駅まで戻るとします。早く会社に戻らないと上司も心配しますから」

僕の後には長い沈黙が続いた。


その間、僕は太ももに乗せたこぶしをぎゅっと握っていた。女性は相変わらず顔色一つ変えずに僕を見つめている。
業を煮やした僕は立ち上がり、お手数をおかけしてと去ろうとした時、女性は冷たく言った。

「嘘はそれでお終いかしら、それともまだ何かあるのかしら」
その言葉に僕は明らかに動揺してしまった。

「ここの建物周辺7キロ圏内には施設の安全上、通りに監視カメラを付けております。朝から確認したのはあなたを含めて2人目。
尚この辺りにはバスの乗り入れはありません。
この建物に近づくにはタクシーしかなく、あなたは明確な目的があってこの場所に来るしかない。さて、あなたはまだ迷子のままでいる気?」
彼女は僕に再びイスに座るように目で促した。

観念した僕はカバンからあの男性の書いた手紙をテーブルに置いた。
「昨日の夜、僕は駅に居たんです」
彼女は手紙を引ったくると文字を追いかけた。その目がだんだん大きくなって瞬きもしなくなるのを僕は見ていた。
「僕は彼を調べたんだ。そしたら有名な脳外科医だった事が分かって、娘さんを不慮の事故で亡くした事を知った。
でも昨日僕が話した彼の娘は生きていたはずだ。
だって、ここに化け物のようになって生き永らえてって書いてある。
でももう今日の彼は違っているんだ」

彼女は僕を凝視し続けていた。
その目から光線でも出るかの様な形相だった。

「僕は彼が人生を変えたんだって事が分かったんです。だから僕はここに来た。気が付いたら僕はミントン通り1584にタクシーを飛ばしてきてしまったんだ。」

女性は苦々しく、あの男めと呟いて僕を見つめた。

「分かったわ。彼があなたと言う保険を掛けていたなんて、知らなかった私のミスでしかない」

そういうと彼女は持っていたパソコンをテーブルに置いて、僕の方に画面を向けた。

「これが彼。そしてこれが彼が手紙に書いていた神を冒涜したっていう娘ね」
僕は画面いっぱいに映る人であって人でないものを見て、胃からのすっぱい液体を口の中に溜めておくことが出来なかった。

大丈夫よ。片付けはこちらでやるから、と彼女は話を続けた。

「彼は脳外科医と言う立場を使って、大事故に巻き込まれ何年間も目を覚まさない我が娘の脳を研究し、同様の症状の人たちの脳をも密かに研究という名目で移植し続けていたの。
ありとあらゆる手を尽くし、彼が行きついたのは人でなく人工的に知能を与えた人に近い動物の脳を培養させたものだった」

彼女はさらりと話しているが、それがどれだけ気味の悪いものか。
さっきの白いスーツの人が来て僕の汚した床はすっかり綺麗になっている。僕はまだすっぱい口の中を気にしながら言った
「人だけれど中身は獣」
女性はそうね、と頷くと続けた。

「初めは上手くいった様に見えた。食事や排せつも介助の手を必要としながらも出来ていたの。言語も簡単な単語だったら理解出来るようになっていた。赤ちゃんがものを日々覚えていくようにね。しかし、所詮、脳は獣に戻ってしまった。
次第に獣である部分が彼女を支配し、娘でありながら檻での生活を余儀なくされるようになった。半獣半人とでもいうのかしら」

僕は信じられない気持ちで彼女の言葉を聞いていた。
あんな温和そうな彼がそんな事を。
しかも実の娘に。
「そんな現実に彼の妻は耐えられずに、自ら命を絶った。彼は自分のした事に長い間苦しみ、耐え、そして私たちの存在を知ったの」

「今日、僕で2人目という事は、彼が来たのですね」

彼女は頷くと
「朝早くに来て実験に取り組んでもらったわ。こんな事をあなたに託しているなんて思いもしなかったけど」
彼女は忌々しげに彼の手紙をひらひらとさせた。「で、あなたはここに来た。彼の人生が変わった事を知ってね。という事はあなたも人生を変えたいのかしら」
彼女は僕の目をじっとみて視線を外さない。


僕は、僕はどうしたかったのだろう。
タミ、君が居たら大きな声で笑いながら、そんな過去の事をいちいち覚えてるから辛いんだよと言ってくれるだろうね。飲めない酒でも飲んで忘れてしまえってね。
今、僕はこの白い世界で赤い女を目の前にして、とても気持ちはグレーさ。でも、僕がここに来たって事はそうなんだ。
僕の気持ちは固まってるんだ。

「私も契約を結ぶことは出来るんでしょうか」
そう尋ねると女は甲高くそして冷たい声で言った
「えぇ、もちろんですよ。あなたが望む人生をあなた自身で選択する事が出来るんですもの」
それから駅で見た時のようにパチンパチンと手を打った。

「あなたはツイてるわ。普通なら私たちの存在を知る事はそうそう出来ないのよ」
女は白い人を呼び、契約書を僕の目の前に出した。
「契約っても紙切れ一枚なの。これは実験の範囲をまだ出ていない。外に口外しない事と、人生の責任を此方は負わないって事。これだけをサインしてくれたら済む事よ」「
命は?と僕が聞くと女は笑いながら
「それは全く問題無いわ。
過去に戻れるか、戻れないかはあるけれど、命を落とすような事は無いから」

それを聞いて僕はかすかに震える指でペンを持ちサインをした。
それを見て白い人が透明な飲み物の入ったグラスを僕にくれた。
「簡単よ。この水を飲んで、ベットで眠るだけ。過去に戻っているかどうかは起きた自分で確認して。この記憶は残っているから、この会話も全てね。くれぐれも口外は決してしない事を気を付けてね」

僕はタミがふざけて乾杯をするように、グラスを持つと一気に飲み干した。それから誘導されるがままに部屋に連れていかれて横になった。

タミ、僕は人生をやり直すんだ。
アサが横にいたあの頃にね。
そして今度はアサと一緒の人生を歩くんだよ。
それって素晴らしい事じゃないかい。

そんな事を思いながら僕は眠ってしまった。
白い世界もだんだん見えなくなった。


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