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知る未来で変わる僕、それとも変わらない未来を選ぶ僕①【roman】

これはroman、小説だ。
誰かの話の中の出来事。
だから心配しないで欲しい。
そんな事は起こらないし
あんな場所も無い。
ただの戯け話として聞いたら良いよ。
僕みたいにならない為にもね。


そう、僕は聞いてしまったんだ。
最終電車に乗り遅れてしまって
どうしたものかと駅のベンチに倒れ込んだ。
なぁに、朝まで寝てしまう事はない。
その前にセキュリティが来て
嫌でもベンチから、ひっぺがしてくんだから。

ため息混じりに空を仰ぐと
ガラス張りの天井の向こうに幾つかの星が見える。
背中に当たる木の感覚が痛い。
痩せてるのは、
悩みが人より少なくて羨ましいぜ
なんて言ってたのはタミだったか。
ベンチで寝るには、この身体はダメだ。
明日、タミに話してやろう。
もっと脂たっぷりのベーコンを挟んだ
サンドイッチを選んで
甘くて胸焼けするようなチョコブラウニーを
毎朝食べるべきだって事をね。

まぁ、今は、そんな事はどうでも良い。
とにかく電車は終わってしまったし
長距離バスも期待出来ない。
安宿を探すしか打つ手がない。
さっさと立ち上がらないと本気で困る事になる
そう思っていると
ガタガタっと少し離れたベンチに誰かが座る気配がした。

自分みたいな"ついてない奴"は他にもいたんだと笑いそうになった時
弱々しい男の声がした。

「本当にやり直せるんですね。私は、あの時からもう一度。
だって、私は間違いなく別の道を選んでいるはずなんだ」
弱々しいが、どこか責め立てる雰囲気も否めない声だ。
カチャカチャっと音がして、
少しすると、ふぅっと長い息が聞こえる。

「えぇ、もちろんですわ。貴方が望む選択を
貴方自身から教えてもらえるんですよ」
連れは女で、煙草を吸いながら答えているようだ。

短い沈黙の後、
ふぅっと再び長い息が聞こえた。
「さぁ、どうされるの?
こちらも早く決めていただかないと、次の方も待っていらっしゃるの」

男のカタカタとゆする足の音が
そいつの鼓動の様に早く一定のリズムで
ここまで響いてくる。
僕は2人に気が付かれないように
細い体を余計に細くして
息を殺して天井を見ていた。

「分かった。えぇ、もちろん私はやるよ。
私は本当にやり直したいんだよ。
そのためには契約を結ぶさ」

女はそれを聞くと、手をパチンパチンと叩き
「えぇ、そうでしょうよ。貴方の選択は正しいわ。あの時の貴方が誤ったように、同じ後悔はしないという事ですね。素晴らしい」
と言うと拍手しながら嫌な高い声で笑った。

「ミントン通り1584番地。
明日の朝、9時にまたお会いしましょう」

女はブーツの硬い足音をさせて
駅の外へと消えていった。
私は天井の向こう側にある星を眺めながら
ミントン通り1584番地、と頭の中で繰り返していた。

いや、決して後をつけた訳じゃないんだ。
それは誤解だよ。
しばらくベンチに寝転んでいたら
またガタガタと音がして
男がぶつぶつと言いながら歩いて行くのが見えた。
だから僕もわざわざ姿が見えなくなってから
起き上がったんだ。
構内は何事も無かったかのように
静かで暗くって埃臭い、いつものままさ。

歩きながら僕は正直、後悔していたよ。
あの時、僕が下心を出して無駄なビールを飲んだ事をね。
この商談が上手くいけばいい、そう思った。
わざわざ、こんな僻地にまで来たのも
ライズに会うためだったんだから。
あぁ、ライズ。
あんなに酒が好きで自慢話の止まらない奴だなんてね。
酒や女は豪快なくせに
金の事となると1ドルでも足元を見やがる。
無理に付き合ったビールには、あまり見合わない金額だったが、うちと契約してくれるんだ。
とりあえず、あのヒゲ社長は机の上に足を乗せて喜んでくれるだろうよ。

買った水を飲み干し
少し酔いの冷めた頭で灯りの付いた道を歩くと、安宿のネオンがチカチカと
最後の力を振り絞るかの様に叫んでたよ。
僕は迷いもせず
ドアを開けると、とりあえず熱いシャワーを浴びて眠りたいと、クレジットカードをフロントに出した。

フロントの爺さんはズリ落ちそうなメガネを
掛け直しもせず
4人部屋なら空いてるが、それでも良いかいと
聞いてきた。
もともと旅行者相手の安宿だ。
個室なんて期待してない。
「あぁ、問題無いよ。取られて困る様なものも無い」
そう言うと、爺さんはメガネの上から
ジロリと僕を見て
「仕事か何かかい?」と言いながら紙とペンを出した。
僕は住所と名前を書きながら頷いた。
「ここらは都会と違ってね、電車の終わりも早いんだ。貴方の様な都会の人が田舎を知らずに
夜に困り顔でやってくるのも珍しく無いからね」
爺さんは僕のクレジットカードをスライドさせて、領収書を出した。
28ドル。
素泊まりの4人部屋だ。
まぁ、そんなものだろう。
期待はしないさ。
僕はサインしながら、学生時代の旅行を思い出すよと言うと
「あぁ、そんなもんだね」と7号室と書かれた鍵をくれた。
「長い方が部屋の鍵だ。他の人も使うから、部屋に忘れちまうと入れなくなる。気を付けて下さいな。短い方はロッカー。服やら鞄やら入れると良い」

ありがとうと言いながら、鍵を受け取ると
シャワーは廊下の突き当たりだよと
後ろから爺さんは言い足した。
僕は2回目のありがとうを言うと、廊下を歩き、7のプレートが付いたドアの前に立った。
鍵を差し込もうかとした瞬間、中からドアがタイミングよく開いたので
僕は小さく驚いて、鍵を落としてしまった。
「あぁ、申し訳ない」
そう言って鍵を拾い上げた顔を見て、僕はさらに驚いた。
あの男だった。
僕は自分の心臓の音が、男に聞こえやしないかと顔は笑顔を作りつつ、必死で大丈夫だと言った。

男はシャワーを浴びに行く様子で
僕と入れ違いに部屋を出て行くところだった。
僕は固まったままの笑顔で
部屋に入ると
指定されたベッドに倒れ込んだ。
少しカビ臭い部屋と
カチっと折り畳まれたシーツ。
仰向けになると壁には女性たちが踊る絵が飾ってある。
安宿にありがちの茶色の壁紙に
誰の絵かも知った事じゃない額縁。
本当に学生時代の安宿を思い出すな、そう苦笑うしか無かった。

急に空腹を感じて
僕はフロントにあった自販機を思い出した。
とりあえず飲み物と何か腹に入れたい。
財布から小銭を出すと
とりあえず鞄はロッカーに入れ部屋を出た。
自販機でチャンククッキーを買い
飲み物を迷っていると、
先程の爺さんが、コーヒーを淹れてくれた。
心底コーヒーを体が欲していたので
有難いを連発すると、気を良くしたか紙コップになみなみと注いでくれた
爺さんが天使に見えてくる。
まだ逝くには早かろうと自分の想像に心で笑いながら熱々のコーヒーを啜った。
僕の泊まる部屋は、4人部屋だが
今夜は2人しかいないと教えてくれた。
なら個室にしろよと言いたかったが、暖房が勿体ないらしい。所詮は28ドルなんだ。
「都会の人たちは、ここら辺じゃ買えないような仕立てのいい上着を着てるから直ぐに分かっちまうよ」
田舎は電車が止まる時間が早くてと、先程の会話がまた始まりそうな予感がして、僕は、そそくさコーヒーのお礼を言い部屋へと戻った。

男はまだシャワーから戻ってはいなかった。
僕は少しほっとしながら少し薄いコーヒーを飲み駅のベンチの話を思い出していた。
思ったより腹が減っていたのか
チャンククッキーはあっという間に食べてしまった。
薄いコーヒーを啜りながら
それこそベーコンたっぷりのサンドイッチを思っていると男が戻って来た。
「カーテンもせず、すみません」と
慌ててカーテンを閉めようとする僕に
男は意外なほど穏やかな声で
「いえいえ、気にしませんよ」と
だいぶ乾いた髪を拭きながら笑った。
それから向かいのベッドの端に座ると
「こんなに早く電車が終わってしまうなんて
田舎に来るなら調べておくべきでしたね」と言った。
僕は自分の姿が、まだスーツのままな事に気がついた。
お互い様ってことがバレたなと思いながら
「本当ですね。都会じゃまだ子ども達も塾やら習い事で出歩いてる時間ですよ」と答えた。

男は本当にそうだ、と笑いながら相槌を打ち
自分の鞄からコンビニの袋を取り出した。
「私も仕事でこちらへ来たんです。
夕食は仕事も兼ねていたせいか、食べた気がしなくて」と言い、ペリエを開けて一口飲んだ。
袋から、ベーコンと卵がたっぷり挟んであるクロワッサンを一つ取り出すと、
「2人分買ったんですがね、友人に渡しそびれてしまったので良かったら」と僕に勧めた。

僕はこれこそタミに話してやろうと
心で笑いつつ、有り難く頂いた。
俺はクロワッサンサンドなら、
引き寄せる事が出来るんだぜ、とね。
間近で見る
男は駅で見たより若く健康そうに見えた。

あの焦った、切羽詰まる様子は何だったのか。
単なる痴話喧嘩か何かで
ミントン通り1584番地って言うのは
女の家か何かだろうか。
僕は不謹慎にも貰ったサンドを頬張りながら
考えていた。
男もワイシャツの1番上のボタンを開けて
静かにサンドとペリエを交互に口にしている。

男はふっと僕を見て微笑んだ。
僕はまじまじと男の所作を眺めていた自分に気が付き、恥ずかしさで慌てながら詫びた。

「若いと、色んなことが面白おかしく見えたもんです。
けれど、人生も折り返し、自分が亡くなった父の歳を超えて、いざ身辺整理でも始めようかと考えた時に、
あぁ、あの時にどうしてと、悔やむ事ばかりが思い出されるものです。人間の記憶とは罪なものですね」
男は目尻の皺にうっすらとした悲しみを漂わせ
僕に言った。

僕は自分の父親くらいの男と対峙しながら考えていた。薄いコーヒーは冷めて、苦味が増している。

カビ臭い部屋に僕は気が大きくなっていたのかもしれない。
普段の僕を知る君なら分かるだろう。
僕はそのまま笑顔を作って
上手く相手に話を合わせて
気分を悪くさせたりしないって事を。
けれど、この僕は違ったんだ。
もう二度と会わないだろうって言う気持ちも
あったんだよ。
そしてこの時の僕は、もう僕じゃ無いんだ。
歪みの中に入り込んでしまっていたんだよ。
既に始まっていたんだ。


僕は男に聞いた。
あぁ、話したくなったんだよ。
ミントン通り1584番地の事を。

「実は駅で女性とご一緒のところを見かけたんです。実は僕もあの時、ベンチに居たのですよ。それで、この部屋に貴方がいらっしゃるのを見て少し驚いたのです。
私の様に電車をミスってしまった方と、こうやってまた、一緒になるなんてとね」
僕が言い終わる前に、男はペリエを手から落としそうになるくらいに動揺していた。
それから今までの穏やかだった顔が一変し
目を剥き出して、足をカタカタ言わせ始めたんだ。すっかり乾いてしまった髪をくしゃくしゃと掻き乱してね。

タミ、君が仕事でデカイ失敗をした時があったよね。
大切なクライアントの奥さんが妊娠中でさ
サプライズプレゼントをヒゲ社長から頼まれた時に、あれだけ言われておきながら
M社のベビー服を買って行った時だよ。
ライバル会社のM社だけはやめとけよって言われていたのに
君はきっちりとM社の服を買ったんだ。
青ざめるってもんじゃなかった。
幸い、奥さんがジョークの上手い人で助かったよな。
『貴方のH社は、こんな古い言い方はしないわ。"パパのプリンセス"だなんて、時代錯誤も良いところ。これからは"私たちの誇り"ってフレーズが流行るわ。これは歴史的遺産になるから、記念として残しておきましょう』って。
烈火の如く怒るクライアント、あの人のアパレル業界でのブランド力はデカイからね。
うちのクライアントとして、失ったら大損害だったろうに、奥さんのあの一言で収まっちまった。
タミ、君の首も危うかった、あの事件だよ。
あの時の君も、見ていられないほどだったけど
今、僕の目の前にいる男も、それはそれは狂気の沙汰だったよ。
軽く口を滑らせた僕自分を呪う程にね。


男は髪を描き
足をカタカタと鳴らし
爪を噛み、低くぶつぶつと何かを言い続けた挙句、僕をきっと睨み、言葉を吐いたんだ。

「君は今日の記憶を失くすんだ。
あぁ、きっとそれが良い」

男の吐いた言葉はゾッとするほど気味が悪かったよ。
タミ、僕は男が僕に呪いをかけたんじゃ無いかと思うくらい寒かったんだ。
だって、気がつくと僕も、男と同じ様に
身体がカタカタと震えていたからね。

タミ、僕が後悔するなら
この安宿で僕が男に口を滑らせた事と君は思うかい?
僕はね、
駅のベンチで、この2人と出会ってしまった原因を恨むね。
そぅ、ライズと飲んだ、あの無駄なビールだと思うよ。
あの時から僕は時間のボタンをかけ間違えたんだ。
じゃなきゃ僕は、僕のままで終わる事が出来たんだよ。

タミ、君と一緒にいつものバーで飲みながら、この夜の愚かな僕を笑いながら話せたら、どんなに楽しいだろう。
もし出来るなら、タミ、僕はそれがしたいよ。
長い長い話になるだろうけど
きっと君なら笑って聞いてくれるはずだから。



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