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第4話 【コマのようなもの】 -100年後の蚤の市で見つけたモノ-

ここは100年後の蚤の市。
古い本や家具、大工道具なんかを扱う屋台が建ち並ぶ。
その一角、白い木綿布を敷いたテーブルの上に、雑然とモノが溢れている。
ふと、パーツのような形をした“不思議なモノ”に目が留まる。
これは一体、何に使うものだろう?
店主に訊ねるも、ニヤリとするばかりで教えてくれない。

なんだ、これ…





「こんにちは!」「よう!」
互いにちょこっと手を挙げながら挨拶を交わす。
こういう蚤の市で馴染みの客になるっていうのは、“ツウ”という感じがして誇らしい。

「今回のは大して難しくないから、安心しな」と店主。
そう言って僕を油断させるのが彼の手口だ。
さあ、今回も店主と僕の真剣勝負が始まる。






① 幸先の良いスタート

テーブルの上には、円盤に軸が刺さったコマのようなものが置かれている。

普通のコマと少し違うのは、軸が円盤のど真ん中に刺さっているのではなく、中心から少しズレたところにあることだ。
「この軸の位置は、きっと重要なポイントですね」と探偵のような口調で言うと、店主はぎくりと驚いたような顔をした。これは初っ端からいいところを突いたぞ。

軸は細く、立たせようにも全然自立しない。
テーブルの上では、傾いた軸と円盤の端部の2点で立っているが、このままの状態で使うものなのだろうか。


② 店主は変色が好き

ちなみに素材は今回も真鍮
鈍い黄金色で、時折、光が当たると柔らかい輝きを放っている。
「もともとはピカピカだったんだけど、経年変化で変色したんだ」と店主。
蚤の市ということもあって、テーブルの上には変色したものばかり並んでいる。


③ 素っ気なさ過ぎる「正解」

サイズは、手のひらに載せてちょうど、という具合。
まさにコマみたいだ。

よく見ると、軸の両端に孔が開いている。
なるほど、ここに何かを差し込むんだな…
ああ、わかった!

これは、お香立てですね!」と答えると、
店主から素っ気なく「そう、正解」と返ってきた。

やった、正解!とうとう一切のヒントをもらうことなく、正解に辿り着いた。
というのに、店主のこの態度。戸惑う私を尻目に店主が口を開く。
今回はただ使い方を当てるだけじゃなくて、どういうお香立てかっていうところがミソなんだよ
なるほど、勝負はまだ続いていたのか!


④ 「そうなんだよ!」

どういうお香立てか…
あれ、そういえばこのお香立てには灰受けがない
「このお香立てには灰受けがない、これもポイントですね」と問いかけてみた。

すると店主は嬉しそうに「そうなんだよ!」と今度は少し熱を帯びた口調で答えた。「灰受けに、こういう底が平らでツルツルのお皿を使うんだよ」と言いながら、おもむろにシャーレのようなガラスのお皿を取り出した。


⑤ 心地よい風が吹いた

ツルツルが重要?
もしかして本当にコマみたいに、くるくる回転させて使うお香立てってことなのか…でもまさか…
軸の上の方を人差し指と親指で挟み、まさにコマのようにひねりあげようとしたところで「おいおい、コマじゃねえんだから」と店主に諌められてしまった。やはり違うのか。

コマ回しは諦めて、お皿の上にお香立てをそっと置いて、軸の孔に線香を挿した。
するとそのとき、顔を撫でるような風がすーっと吹いた。
その気持ちよさに思わずよそ見をした途端、テーブルの上からシャー、シャーという音が聞こえた。
再びテーブルに目をやると、お香立てがお皿の上で左右に揺れている



あ、これか!






答えは…

「風で揺れるお香立てですか?」と答えると、店主は手を叩いて喜んだ。

「そう、これは左右にスエイングするお香立てで、揺れるお香立てと言うんだ」
店主が見せてくれた説明書きにはこう書いてあった。

揺れるお香立ては、振り子のように左右にスウィングする真鍮製のお香立てです。
お香立ての愛らしい揺れと、部屋に広がる煙。それらをぼーっと眺めながら、くつろぎのひとときを演出します。

「兄ちゃんの言った通り、軸の位置が円盤の中心からズレてるだろ。これが揺れを生み出してるんだ」と店主。なるほど、重心をズラすことでスウィングする仕掛けなのか。

線香に火を付けて、手でちょんと押す。すると、お香たては振り子のように左右に揺れながら、煙と香りが空間に広がっていく。その間、およそ1分程。

「この揺れ、じっと見てると犬の尻尾みたいでたまらないんだ。」
手仕事による形状の微妙なイビツさが、ちょっとした不規則な動きを生んでいるようだ。確かに愛らしい動き。
でもそれ以上に、店主のそれをみる眼差しがどうにも優しげで、またひとつ店主の人柄に触れられた気がした。







あとがき

今回の「100年後の蚤の市」物語、いかがだったでしょうか?

86400"(はちろくよん)の山本です。
私たちは、東京の下町、荒川区を拠点に、まちの職人と一緒にものづくりを行うプロダクトデザインスタジオです。
ニューアンティークをスローガンに、育てながら長く使えるものをデザインしています。100年後の蚤の市に並ぶさまを夢見て。

86400"がつくるもの。
それは、◯、△、▢といった、単純な図形でできるもの。
傷が付いたり、変色したりしながら日常に溶け込むもの。
長く長く使ってもらうために、僕たちが大切にしていることです。

結果、パーツのようなものが出来上がってきますが、その単純さゆえか、はたまたニッチなシーンを想定した商品のためか、「パッと見て何かわからない」とよく言われてしまいます。
これは、現代の刹那的な販売のやりとりには不向きかもしれませんが、100年後の蚤の市に並んだときの店主とお客さんのやりとりはきっと面白いことになるに違いないとワクワクしています。

実際に100年後の蚤の市に並ぶさまを見ることは叶いそうにありませんが、ここに架空の蚤の市を開催して想いを馳せることにしました。
またのご来店、お待ちしています。



揺れるお香立てについてはこちら



ひとつ前のお話はこちら


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