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【2-23】私はどう生きるか(~516日目)

夏は何してるの???

去年も今年も、聞かれた。
養蜂の仕事って、蜂蜜を搾っている景色は浮かぶけど、それ以外の時って何してるんだろうって、思うよな。
学校の先生が、子どもたちが夏休みの間お休みしてるって思われていたりするのと似ているのかもしれない。

養蜂家さんによって、さまざまで、夏のはちみつを採る人もいるだろうけど、私は今のところ初夏のはちみつを搾った後は、ミツバチの育成に取り掛かる。
女王を増やして、来年主に働いてもらう新しい女王を作る。
本来なら、ミツバチ達は家族が増えて新しい女王が誕生するころには、古い女王は巣を出て新しい場所に旅立つはずだけど、そこは人間が管理して勝手に出て行ったりされないように手を加える。
夏の管理が来年を左右する。
と言われているけど、目立たぬ部分こそ、大切なのはなんでも同じか。

巣箱の中に帰っていくミツバチたち

と同時に、スズメバチ対策。
今年は去年と比べるとキイロスズメバチが多く感じる。
オオスズメバチは、群れでやってきて巣箱を全部壊滅させてしまったりするのが恐ろしいけど、キイロスズメバチは、単独行動でミツバチを一匹ずつ誘拐していく。
こちらが作業をしていてもお構いなしに、巣枠の周りを飛び回り足でがっちりミツバチをつかんで飛んでいく。
全部を追いかけまわしていたら、キリがないのである程度は諦めて連れていかれてしまうミツバチ達を見送っている。
オオスズメバチが襲ってくるのはもう少し先。
その前に、対策を。
ネズミ捕り用の粘着シートをスズメバチ捕獲に使用するんだけど、去年は雨に濡れてしまったり飛んで行ってしまったりで、不経済極まりなかった。
なので、今年は、トラップ用の屋根を付けることにした。
オオスズメバチ捕獲用小屋。

これに屋根をつける

まずは最初の一つ目から。
少しずつ改良していく予定。
工夫して、試して、そうして時間があっという間に過ぎていくのね。

巣箱の屋根も工夫中

私はどう生きるか

夏の空は、表情豊か。
青い空と白い雲。
この空を見ていると、ジブリの作品の空を思い出す。

…そんなわけで、夏休みを利用して映画館へ。
「君たちはどう生きるか

空が素敵

秩父ウニクスのユナイテッドシネマはいつも空いている。
というより、混んでいるときには行っていないだけか。

映画の感想は心の中で呟くとして。
何も宣伝しない、という方法は、今まで積み上げてきた全てがあるから為せる業なのであって、今まで積み上げてきたものが何もない自分が、広い世界の中で何もせずに自分を知ってもらうことはできないのよね。
と思った次第。

岸田奈美さんの文章にいつも引き込まれている。
岸田奈美|NamiKishida (kishidanami.com)

子どもの頃、さくらももこの「モモシリーズ」を愛読しまくっていたのは、たぶん日常の様々なできごとを、少し離れた目線で笑い飛ばす面白さを感じていたからだと思う。

周りの人からどう見られるか、どう見られたいのか。
自分の行動の主軸をそこに置いてしまう。
悪魔の煙みたいなものがムクムクっと噴き出してきて、私がどうしたいかというよりも、周囲に期待される自分を演じようとする。

「嫌われない」「叩かれない」「問題を起こさない」
事ばかり考えて奥歯に大量のものを詰めこんでいる。
不特定多数の顔が見えない「誰か」を恐れていても面白くない。
わかっちゃいても「優等生日記」から脱却するのは難しそうだけど。

ひこうき雲
山と雲と空と

苦労しすぎると曲がる

親戚で一代で会社を興したおじさんが言っていたセリフ。
まだまだ、自分の苦労の数を勲章だと思っていて、小さな瘡蓋を何度もほじくったような傷までも勲章にして、勲章の数が多ければ多いほど、立派な自分になったような気になっていたころ。
この言葉が、ブスッと心に突き刺さったんだよな。
「苦労」は今の自分が足りないことに対する免罪符ではないという事だと、今は感じている。

ミツバチや植物を育てる生活の中で、ことあるごとに、苦労すればうまくいくってもんじゃないことを思い知っている。
ミツバチにも野菜にも、
「私がこんなに頑張っているのに」
なんてことは、通用しない。
どんなに腹を立てても、どうにもならない。
他の人に責任を押し付けようもない。

ミツバチは「楽しい」という気持ちが嘘にならないような頑張り方をしていこう。

ご褒美あげまくる

田舎の祖父母

母方の祖父母の家はお寺だった。
(私自身は特定の宗教を持ってはおりませんのであしからず)

広いお堂と、広い庫裡と広い玄関。
玄関には囲炉裏があって、祖父はそこでキセルを吸っていた。
実は、その囲炉裏は元々あったものではなくて、祖父の手作りだった。
恐らく、孫たちが遊びに来るときに、喜ばせたいという気持ちがあったのではないか。

祖父お手製囲炉裏

なぜそんなことを思ったかというと。
私には、子どもはもちろん、孫もいない。
とはいえ、私もそれなりのお年頃。
友人たちには子どもがいる人も多い。
自分の祖母が祖母という立場になったのは、今の私の年齢よりも若かったわけで、自分の母親が今の私の年齢の時には、私はとっくに成人していて荒くれた日々を送っていたことを考えると、それなりに感慨深かったりする。

世間は夏休み。
友人家族が子どもを連れて遊びにくるという。

うまくできた!

買っちまいましたよ。かき氷器。
結局、自分が一番楽しんでいるので、当日使えなかったとしても、しばらくはかき氷ブームが続く予感。

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