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ナルホイヤ的思考 角畑唯介氏の著作から考える

最近読んだ本についての感想を記す
角畑唯介さんの本を初めて読んだのは[空白の5マイル]が初めてだった
それが最初の出版だったようだ
十数年前に読んでから著作が出る度に読んでいる
空白の5マイルは結末がちょっと唐突な感じで荒削りな印象だったが探検記としてとても魅力的な内容だった
今回読んだ本のタイトルは

〔狩りの思考法〕

カナダ極北イヌイット(エスキモー)の村に滞在して人力橇による冒険旅行(後に犬橇によって旅行することになった)を通して村人との交流から得たモノの考え方を考察したものだ
その中で古来伝統的に海象せいうち海豹あざらしを獲って暮らしてきた人々と猟などしたことのない現代人との考え方のギャップについて繰り返し説明している
ナルホイヤとは(わからない)と言う意味らしいのだが著者は(ちょっと違うぞ、そんな単純なものではないな)というところから意味を掘り下げている
現地でものを尋ねても二言目には「ナルホイヤ」「ナルホイヤ」と返答されるのでちょっと困ったようなのヤ
昨日何を食べたのかと聞いてもナルホイヤ

先の事はわからないよ
明日の計画を立てても明日になったらどうなるかわからない
ナルホイヤ
計画することから未来の生活秩序を組み立てるのではなく目の前に起きていることだけから対処していく考え方

その日暮らしの狩猟採集生活から農耕畑作への変化によって食料の蓄積が可能になり文明が発達した
より安定した生活が可能になった近代以降の視点から見ればイヌイットの生活は後進的で改善すべきものとして見える
(事実1960年代にイヌイット集落で大量の餓死者が出た)
(現代のカナダでは一定の社会福祉なり社会保障が整っているので猟師のみで生活している人は既に稀だ)
ただそこに生きる人の持つ思考回路はそう簡単に変わるものではないようだ

そのあたり我が身に引き寄せてみればなんとなくわかる気がする
ざっくりと言えば会社勤めのサラリーマンと自営の個人事業主との差に近い
私のような外仕事の商売は雨が降ったら失業者になるのだが同じ内容の仕事でも会社勤めなら雨具を身に付けて黙々と働かなければならない
天候に関係なく作業計画に従って働くことによって安定した雇用が保証されるのだ

天気の良い日に作業を進めた方が能率も良く仕上げも確かなものになる
身体も楽だし気分も良い

雨の日に働くなんてどうかしていると私は思うのだがそんなことが会社組織の中では通用しない
そこは契約に従い耐えて働く他ない
人間が生きてゆくための取り引きだ

角幡さんはこうも書いている

未来予期でリスクを排除し、あらゆることを事前に計画していては生の躍動はえられないのではないか、と
極夜の闇の中を旅することは未来が見えない不安と闘うことであり光を発見することで初めて希望が生まれる

正確な地図と情報を事前に知れば知るほど目の前に立ち現れることがフィルターを通して見ることになり大事なものを見落としてしまうことになるのではないか
それでは己の精神を突き動かす生の躍動を得ることはできない
人は何を求めて旅するのか
まさに角幡さんはそこを指摘している
それは私自身がいつも抱えているジレンマでもある
イヌイット達も職を求めて都会に移り住み生活環境は大きく変化した
更に地球温暖化によって極北の海が結氷しなくなってきた事は犬橇を使っての猟もできないことを意味する

食べて行くために動物と命のやり取りの末に相手の生命を奪う猟
お金を支払って綺麗に切り分けられた肉を買う今の私達の生活

生きている実感を得ることがますます困難になってきた現代
どこに居ても生き辛い死に辛い世の中となってしまった

一年の半分は陽が差さない暗黒の世界と半分は陽の沈まない白夜の支配する世界に大きな魅力を感じてそこに生活することを角幡さんは選んだ

今日と明日を分ける区切りのない世界は私には想像すらできない
そんな場所から探検家としての彼は大きな思考の転換を迫られた

逸脱すると言う行為が人類固有のものなら旅はまさに逸脱
戻ることのない逸脱は漂流、漂泊だとしたら
彼は今それを望んでいるのだろうか

#読書感想文 #旅 #逸脱 #極北 #イヌイット #ナルホイヤ #角幡唯介

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