兄の場合<掌小説>

兄はフツーだ。直ぐにお別れしちゃうけど、ちゃんと女の人を愛せるし、目鼻立ちとて悪くはない
ボクみたいに、同性を愛するなんて気配もなければ、薄化粧にも興味がなかろう。マネキュアだって薄くしてるし、ファンデというかね、日焼け止めだって縫っている。
職場じゃ到底できないから(警察関係の仕事に就いている)、せめて私生活。休日と同棲中の哲夫さん、それと兄貴に対してだけは、本当のボク。
こういうボクを十二分に見せられる。

そんな兄が、マニュキアを欲した。
「出来ればさぁ、肌色っぽいの。ある?ご用達の店に。あったら欲しいんだけども。うん、安いのでいい」
電話を貰った時には、てっきり目覚めたのかと思った。とっくの昔に他界した両親は、きっと揃って泣くだろう。「直彦だけかと思ったら、耕太までもが、、、」天国を水浸しにしてしまうかも知れない。
40近くなっての目覚めは遅い方だと思うけど、まっ、いいやね。目出度いや。ボクとて社会人になってからだったんだから。

マニュキュアなんて100円でも買えるけど、フツーの男。はだ
眼の良い人や、鼻の効く人だったら分かるかも知れないが、髪は黒髪・慎太郎刈り。中肉中背。そういう男が、100円ショップのマニュキュアで品定めをするのは、かなり恥ずかしい。だから、悟くんの店で購入する。
1本、1000円前後するけど、落ち着いて品定めが出来るのがいい。
「お兄ちゃまが?肌色っぽいのがお好みなのね。写真あるかしら?」
スマホで撮った兄の写真を見つつ、「ふむふむ」。
実にいいアドバイスを悟くれ、「2本ご購入のオマケ」と、1本700円にしてくれた。「直ちゃんだからよ」最後に耳打ちするのも忘れない。
耳打ちにボクは弱いのだ。

兄貴宅に着く。普通の一軒家である。
「おうっ」髭が元気に出迎えてくれ、「よく来たな、入れや」。
居間には既にお茶の用意がしてある。ボクの大好きなピンクと桃色のハートが沢山描かれたマグカップと、オレンジ色のお皿に盛られたクッキーだ。
「わぁ~っ。素敵だね、兄貴」
思わずの声を挙げた。
「うん、まぁ、直(なお)が好きかと思って。それより、買って来てくれた?マニュキア」
「うん。友達が奨めてくれた奴」
「悟か?」
「うん」
ふぅ~ん、目覚めた割には興味がない。
「どうやって塗るんだ?コレ」
「あっ、塗ってあげる。ボクが塗ってあげるよ、上手に」
ドキドキしながら、進み出た。兄のデビューを華やかに。美しくしなければなるまい。
「そっかぁ?じゃ、お願いするよ」
緊張のあまりに、固唾を飲む。マグカップの中のオレンジジュースを、ゴクゴクと飲む。コーヒーも好きだけど、ボクの最初はオレンジジュースだ。
「何、緊張してんだよ、お前」
宜しくな、ボクの目の前に兄の大きな両手が出て来た。
爪割れが非常に目立つ。10本の内、8本が罅(ひび)割れだ。
「いやさぁ、ノッコがマニュキュアを塗るといい、ってンで。身内に名人がいたなぁ、って思って。目立たないようにしたいから、肌色のを頼んだんだ。なかなか良さそうな色じゃんか。悟の見立てだって?」
(きったねぇ指。ババっちい~っ)
思いながらも準備をする。ババい40男の手。
「ノッコさんって、確かネイリストじゃなかったっけ?何でやってくれないの?やって貰えば?」
「俺の爪は、やりにくいんだとさ。それに」
「それに?」
左手の小指を、まず塗り始める。
「大喧嘩しちゃってさ、この間。関係にヒビ割れてるんだ」
「修復しないとね、早いとこ」
兄の爪を修復しながら、ボクは答えた。
                            <了>


#創作大賞2023

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