最初に氏名を

非情にもチャイムが鳴る。
「ハイ、そこまで。集めて」監視教師の声と同時に、「あッ!」。
驚愕するわたしの声が、教室中に響き渡った。
氏名欄が、空(カラ)。何にも書いていないのだ。
「はいはい、そうね、富士織さん。今から名前書いていいわよ」
漢字で何てとても書けない。
<ふじおり みきえ>ひ・ら・が・な。
3歳児が初めて書いたみたいなのを大急ぎで書き、一応、事を得た。      
先生方の間でも、有名らしい。本日、3日掛りの定期テストが終わったが、最初から最後まで。わたし、やってしまいましたの巻き。

(名前を書くのに、時間が掛かる。テストの時は、名前を最後に。そうしなければ、時間が勿体ない)
決意したのは、小学生の時だった。
「富士織 三喜枝」(ふじおり みきえ)」
正確には旧字体。「織」と「喜」が旧字がわたしの本名(?)だ。読み方は同じ。面倒臭いので、普段は大方、コチラで記入。
法律が絡んだ時だけ、チャンと書く。高校生で、まずないけど。
が、「この間、忘れちゃったよ。寿の旧字を。免許書き換えの時に」
壽三郎(としさぶろう)という兄の経験談があるから、適当に本名(?)。
ちゃんと戸籍に記載されているのを書いた方が良いかも知れない。

市一(いち はじめ)綽名・イチイチ。
こんな簡単な氏名保有者が、わたしの何故かBFだ。共に帰宅部。うだうだ喋りながら帰る。
「遂に記録を作ったよな」
先をイチイチ繰り返す。再現ドラマとして見せる。
「うるさいわねぇ、こんな長ったらしい名前、面倒臭くて仕方がないわよ。
イチイチはいいよね。直ぐに書けて」
「お陰様で」
笑って答える。
「けど、織(おり)っちって、いつも漢字で書いているの?テストの時、名前」
「当たり前でしょ。ローマ字だったら、更に面倒だわ」
「国語関係は、漢字の方が良いかも知れないけど」
時々ゆく、ハンバーガー店に自然、足が向かっている。
「他は、拘らなくていいんじゃない?<三喜枝・F>とかにしちゃえばぁ?」
あっ、何で気がつかなかったんだろう?
「そこを五月蠅くいう先生、ウチの学校にはいないよ。もし、言われたら<時短です>って言い返せばいい」
信号を渡って、角をこれから我々は曲るのだ。
「ありがとう。いい助言だわ。心にとっても染み渡る」
「この程度で、心にしみ渡るようじゃ、低いね。レベルが」
信号は丁度、赤から青へ。色んな人が通る。
「学校のレベルもイマイチだしね」
「それを言っちゃあ、お終いヨ。兎にも角にも、最初に名前を書きましょう」
わたし達は笑っていた。

<了>
 

#創作大賞2023


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