社会不適合者1.7(素人小説)


 櫻太は代永のジャケットの胸ポケットに入っていたハンカチを代永の胸に当てて止血しながら無線で連絡をする。

「代永が撃たれた。救急車。あと咲夜は入れるな。これ以上撃たれたら困る。」

『撃たれた?お前は大丈夫か?』

 無線にいち早く答えたのは盃都だった。

「俺は大丈夫。ブラインド越しに1発で代永の左胸を貫きやがった。心臓は外れてるけどな。だが呼吸が苦しそうだ。肺に当たったかもな弾は貫通してる。」

 櫻太は状況をなるべく詳しく説明する。その方が都が指示を出しやすいからだ。

『太い血管がやられてたら終わりだが…右のは無事か?』

「ああ、撃たれたのは左の鎖骨下一箇所。」

『血管が無事なら死にはせん。今は呼吸が苦しいだろうから喋らせるな。お前は全力で止血しろ。お前の止血が代永の生死を左右する。』

 淡々と指示を出す都。指示通り、周囲を戒しながら止血に全力を注ぐ櫻太。

 櫻太は自分の胸ポケットに入っているハンカチも取り出して止血を強化する。濃く青い今日の櫻太のスーツに映えるハンカチ。それが赤黒く染まり濃い紫へと変化していく。少し勿体無いと思いながらも、目の前の人間に死なれるよりはマシだと思い、ジャケットも脱いで止血剤として代永の胸に当てていく。

「おいオッサン、これでいいだろ?すぐ救急車も来る。アンタ医者だろ?しっかりしろ…もっと強く押し付けた方がいいか?アンタの肋骨折そうだけど。」

 櫻太は代永に確認しながら止血を続けていると、ドアノブを何度も動かす音が部屋に響く。

「おい!そこにいるんだろ!?代永!ここを開けろ!」

 ドアを叩きながら訴えかけてくる。この声は咲夜の声だと櫻太も代永もすぐに気づいた。

 きっとこの状況を見れば流石の咲夜も混乱するだろう。

 それに窓にかかっているブラインドを完全に締め切らない限りまたいつ狙われるかわからない。

「悪いがアンタを入れるわけにはいかないんだ!救急車が到着したらここに誘導してくれ!最上階だからたぶん屋上からくるだろ?」

 櫻太は止血をしながらドアの外にいるであろう咲夜に訴えかけるとすぐに咲夜が応答する。

「救急車?!誰か怪我しているのか?!」

 櫻太は一瞬答えるか迷ってから、中の状況を説明する。今回の依頼人でもあるからだ。

「代永が撃たれた!おそらくスナイパーが向かいのビルにいる!おそらく二人!窓のブラインドが僅かに空いていてそこから狙われた!今そのドアを開ければアンタも狙われる可能性がある!」

 何かすぐに反応があると思っていたがドアの外からは咲夜の声が聞こえない。
 櫻太は嫌な予感がした。

 咲夜は言ってしまえば俺様気質だ。そして窮地に慌てることなくどっしり構えて冷静に問題に着手し、笑ってその窮地を楽しむかのような独特な冷酷さがある。櫻太はそう感じていたのだ。

 今日会場で櫻太と初めて会った際に、既視感を覚えていた。それは過去にどこかで咲夜に会っていたのではなく、過去によく遭遇したのだ。冷酷で大胆で自信家で人を惹きつけ従わせる才能を持ったマフィアや武器商人のボスたちに。

 その嫌な予感が正しければ、咲夜はまもなくこのドアをこじ開けて堂々と中へ入ってくるだろう。自分の目で現状を確認するために。

 櫻太の予想通り、咲夜は何かでドアを破壊しようとしている。硬くて重いものが木のドアに叩きつけられる音が響く。

 何度か破壊音がした後、ドアが開いて廊下の光が会議室に入り代永の血で染まった櫻太の手元を照らした。その瞬間、櫻太は叫ぶ。

「伏せろ!こっちのテーブルの陰に来い!」

 櫻太が危惧していた通り、ドアが開いて部屋に光が入ってきた分、スナイパーには狙いやすくなった。赤い標的の光が咲夜のスーツに当たった。

 咲夜は部屋の暗さに慣れず多少遅れたものの咲夜の声に反応し、声のする方へ無意識に転がり込んだ。

 咲夜の手元は赤く染まり、鉄の匂いが充満していることに気づく咲夜。

「代永!おい!代永!」

 櫻太は代永の体に触れようとした咲夜の手を掴み、代永の左胸へと持っていく。

「アンタここ抑えてろ。力入れ止血しろよ。」

 止血を後退した櫻太はドアとは反対側へテーブルの陰に隠れて移動する。その行動が理解できず、咲夜は止血をしつつも目線は櫻太に向かう。

「おい、ターザン、何やってんだお前。」

「窓のブラインドを完全に閉じる。じゃないと全員死ぬまで狙われるぞ。」

 櫻太はそう言って、窓際に移動する。その間にも何発か撃たれた。弾丸が窓ガラスを貫く音と櫻太には当たらずテーブルや床に埋め込まれる音。

 弾丸の雨を掻い潜ってたどり着いた先にあったのはブラインドを閉めるコード。横に捻るとアルミ製の薄い板がぶつかる音が響き、同時に外の夜景は完全に見えなくなった。この部屋を照らすのは咲夜が開け放ってきたドアから漏れる廊下のオレンジ色に照明だけ。

 櫻太は一安心する間もなく咲夜と代永の元へ駆け寄り無事を確認してすぐに無線に連絡を入れる。

「こっちは向かいのビルからの視界を完全に塞いだ。奴ら千鶴の方に狙いを絞るかもしれない。怪しいやつはいるか?」

『こっちは特に異常はない。でも代永が出て行ってから加藤が数人とつるんでる。誰だかわかる?』

 千鶴から入った無線に盃都が悩ましそうに応える。

『こいつら招待客じゃないな。リストに登録がない。それに、代永と会う前に加藤が会ってた人物がいる。そいつもリストにない人物。』

 盃都は監視カメラの映像を認識システムにかけながら、過去の映像も同時に見ていた。

 盃都の情報で何か引っかかったことがあるのか、櫻太は無線を自分の腕時計の端末でスピーカーにしてから話し出す。

「加藤が会ってる人物って、全員招待客リストに無いんだよな?そいつらアンタに面識あるのか?」

 櫻太はそう言って咲夜の方を向く。盃都から共有されてる監視カメラ映像をデバイスのホログラムに投影して咲夜に見せた櫻太。

 その映像を見る咲夜は眉間に皺を寄せ首を横に振る。

「仮面付けてるのもあるかもしれないが、こんな趣味の悪いスーツにネクタイの奴らには見覚え無い。」

 言い切るということはそれなりに自信があるのだろう。だが加藤の場合は顔は怯えていなかったがエピソード記憶は残っていた。
 実はどこかで対面しているのかもしれない。だ分からないのなら仕方がない。一か八かで櫻太は代永にも尋ねる。

「おいオッサン、見覚えのあるやつはいるか?」

 櫻太がホログラムを向けた瞬間、ドアの方から救急隊到着の声がした。

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