5.社会不適合者でも生きていけるので新社会人の皆さん安心してください(素人小説)
「紫水晶本人じゃん。」
葉月が認証結果を見て言うと、櫻太は立ち上がって背伸びをする。
「そんじゃまあ、とりあえず行くか。」
櫻太は上着を羽織って車のキーを右手に持ち、出動する準備万端だ。菖蒲も一緒に立ち上がった時、それを制止する盃都。
「待て、お前らどこに行く気だ?」
櫻太は当然のように答える。
「え?議員のセンセイパパに見つかる前に俺たちが紫水晶を保護しねぇと。」
もっともだ。櫻太たちはそのために今までああでもない、こうでもないと議論してきたのだ。
成田に新しくできたドームの周辺にはホテルが多く乱立している。
紫水晶がどのホテルに滞在してるかを葉月がホテルの予約システムや街の監視カメラにハッキングして居場所を突き止めたところで、別の問題が発生する。
「そもそも、俺らは警察でもなければ児相でもない。厄介な事に捜索願いは撤回され、現状困っている人間はいない、ということになっている。
困ってそうな人がいたから保護しておきました、なんて通用しない。側から見たら誘拐だ。父親にそう言われたら今の段階では俺らは弁解できない。議員からの訴えとなれば警察も動くだろう。本人の同意と親の同意がなければ。」
盃都がタバコに火をつけながらそう言うと、立ち上がった二人は無言で元座っていたソファに戻る。
櫻太は右手を挙手する。
盃都はタバコを吸いながら櫻太に発言権を与える。
それを見た葉月は思う。さっきまでのフリートークはなんだったのか。
盃都は進行役として総括に入ろうとしているのだ。問題文を解読できたのであとは答えを解く手段さえ用意すれば解決に向かう。櫻太は極めて堂々と発言する。
「葉月が紫水晶と直接連絡を取って状況を説明する。で、本人がどうしたいか聞いてその通りにする。」
葉月はため息をついてから答える。
「まずさ、知らん人から連絡きても出ないって今の若い人は。SNSでDM送ってもきっと投資詐欺の垢とかアタオカ垢だと思われてブロックされるのが関の山。」
葉月は至極当たり前のことを返し、代案を考えるように促す。
次は菖蒲が挙手をしているので、おそらく何か思いついたのだろう。盃都はタバコを持つ手を天井に向けて菖蒲を指して発言権を与える。
「秘書と母親に協力してもらうのは?二人から事情を話してもらって、同意した紫水晶を俺たちが保護する。そしてみんなから隔離した上で、紫水晶本人に事情を聞く。もしかしたら今回はただ父親の目を盗んでライブに行きたかっただけかもしれないし。」
菖蒲はあくまでも紫水晶本人に行動を促す作戦を提案した。この方法であれば、本人の希望に沿う形で無理強いすることなく保護できる。
あくまでも、母親と秘書がグルだった場合の話だが。
だが、メンバーもこれ以外に最善策が無いとでも言うように、千鶴の方を見て反応を伺う。チームでことを起こした際、何かあった場合に責任を負うのは千鶴だからだ。
千鶴はみんなの意思を汲み取り、どこかへ電話をかける。いつも通りの口調で、これから紫水晶の母親と秘書に事情を話して協力させる方向で紫水晶を確保する旨を電話の相手に伝え、無事許可が出たようだ。
千鶴はこうしてたまに誰かと連絡を取っている。許可を貰う時もあれば、許可を求めず我々の意見と行動計画を伝えるだけの時もある。
メンバーはこの電話の相手が誰なのかは分かっていない。盃都を除いては。
盃都は千鶴が電話した時に首を左右に振って2本目のタバコに火をつけ始めた。
まるでいつもの電話相手に「呆れた」とも取れる仕草だが、盃都の場合はただ単に結論が見えてるのに更に配慮しなければならない人がいることに「ウンザリ」しているようにも取れる。
いずれにせよ、盃都が面倒くさがっているのは一目瞭然。それは電話相手へなのか、この案件へなのか。
効率よく結果を知りたいだけの盃都だからおそらく両方だろう。電話相手以外にも今回は厄介な登場人物が多すぎる。
千鶴が電話を終えると外へ出る準備をしながらメンバーに伝える。
「私はこれから母親と秘書に事情を話して協力するように交渉してくるから、あなたたちは先に成田に行ってて。すぐに紫水晶を保護できるように。」
千鶴の言う“あなたたち”は盃都と櫻太と菖蒲“のことである。葉月は非常事態ではない限り外に出る必要がない。オンラインでさえあれば活躍できるのが葉月の強み。
このアジトには高機能なアイテムが豊富にある。そのアイテムを使いこなしてメンバーを支援するために葉月をここに残すのは定石である。
菖蒲はそのまま外に出ると目立つが、葉月が作成したホログラムのコスチュームで別人に変装する。ホロコスにハッキングされない限りはこの変装がバレることはない。
このホロコスはレイヤーを重ねに重ねてよりリアルな人間に寄せた高機能なもので、まだ世の中にはこのクオリティのホロコスは存在しない。世の中で使われてるのはせいぜい着ぐるみやアイドルの衣装チェンジくらいだ。顔や声までを変えるフルホロコスは今のところ葉月以外に作れる人間をメンバーは見たことがない。
よく潜入捜査でも葉月のホロコスが活躍するが、今回は菖蒲だけでいいようだ。
葉月は他のメンバーと千鶴と通信ができるか、それぞれが腕や指につけたデバイスに通信をかけてチェックをする。全てのデバイスが正常に機能していることを確認し葉月はみんなに手を振る。「頑張ってね」という意味を込めて。
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