1.社会不適合者でも世の中生きていけるから新社会人のみなさん安心してください(プロローグ)(素人小説)

集合!

 シェアハウスという名のアジトに集合をかけられたメンバー。
 イベントがない日は基本的に自由行動。イベントがあっても個人の行動が制限されることはない。任務さえ遂行すればどこで何をやっていてもかまわない。
 よって、チーム以外でも仕事をしている人間や顔が広く行動力がある人間はよく出遅れる。

 今日も出遅れたのは毎度おなじみ。みんなのアイドル八橋菖蒲やばせあやめ
 薄い青色のジーンズにグレーのパーカーにマスクに黒いキャップ。白いスニーカーは汚れ一つない。まさしく輝くアイドルが履いているのが似合うさわやかさ。普通の靴なのに。とにかく身に纏ってるもの全てが高そうだ。
 そんなことはどうでもいい。菖蒲は急ぐ。アジトへ。

 遡ること30分前。撮影が終わりメイクを落とそうとしたとき。デバイスが点滅しているのに気づく。
 菖蒲は芸能人としての仕事用とシェアハウスのメンバー用とでデバイスを使い分けている。
 が、偶然にも貰ったデバイスが同じ機種の同じ色のため見分けがつかなくなることがある。
 今回も一瞬どちらか迷ったが、バイブレーションの規則でシェアハウス用だと認識する。メイクを落とすよりも先にメッセージを確認する。そこに表示されていたのは。

From:松本
To:全員
件名:全員集合
20XX/04/11/15:14

 松本からチーム全員への集合命令。
 受信時間は15:14。現在時刻15:29。

 時間を確認すると菖蒲はバッグを掴み、マスクと帽子を適当に身に着けて現場のスタッフに挨拶をすると足早にタクシーを捕まえる。

 彼らのアジトはそんな池袋の北口を出て10分ほどの場所にある。タクシーでは東口におろされたため、東口から北口への地下通路をくぐって駅を通過する。
 道中何人か振り返り菖蒲を見る人がいるが、心配無用だ。ここ池袋では昼夜問わずいろんな人種が闊歩している。なかなか個性的な人が多い。最初は目立っても、すぐに景色に同化する。それくらい混沌としている街。

 その途中で誰かにぶつかるがかまってられない。軽く「すみません」と謝りそのまま走り続ける。
 なぜなら、この号令、遅く到着した場合、とあるメンバーにパシられる可能性があるからだ。
 そいつよりも早く到着していないと今日は何と言われることやら。

 アジトに着くと101号室のドアインターホンに右目をかざす。
 しかし一向に扉が開く気配がないどころか不正アクセスでロックがかかってしまった。思わず舌打ちが出た菖蒲だが、気を取り直してもう一つの入口である304号室に向かう。

 ここは吹き抜けリビングがある三階建てのメゾネット。いや、アパート。外見は普通のアパート。15部屋ある結構ボロ目の。築30年は経ってそうな。しかもこのアパート、部屋が15部屋あると不動産資料には記載せれているが、入り口は3か所しかない。つまり、15部屋のうち残りの12部屋はダミーってことか?

 何を言っているかわからないと思うが、ありのままを説明する。入口その①玄関:304号室の扉。入口その②裏口:101号室の扉。入口その③客用玄関:アパートの2つ隣の中華屋さん。

 菖蒲は入口その①を試してダメだったのでその②を目指している。
 ここのアパートはエレベーターがない。階段で上がるのも歳を重ねるごとに一苦労。

 だが現役アイドル。普段から歌って踊って肺活量も体力もかなりある方だ。一気に3階まで駆け上がりインターホンの認証センサーに右目をかざす。
[八橋菖蒲 適正IDです ロックを解除します]
無機質な音声とともに認証センサーのロックが解除される音がした。

 菖蒲は入って廊下をダッシュして螺旋階段を1階から3階まで一気に駆け降りる。
 開けた空間に出ると中央が吹き抜けになった場所に赤いコの字型のソファが置かれている。ソファの中央にはホログラムで地図が映し出されていた。

 その地図に点滅する緑と水色の点が二つ。地図だとおそらくこのエリア一体。菖蒲の認識カラーは緑。
 地図の緑の点がこの建物内に侵入したという警告が地図上で点滅する。どこかのドアが勢いよく開く音が聞こえると水色の点も続いて侵入者としてロックオンされている。

 菖蒲は一瞬で理解した。いつもの任務でよく見る地図とGPS。緑は菖蒲で水色はあの薬中野郎。
ということは、薬中がものすごい勢いでここ1階に向かっているということ。

 菖蒲は中央のソファまであと10m。あと4、3、2、ソファに 着地すると同時に上から何かが降ってきて思わず頭を守る姿勢を取る。

 荒い息が聞こえ、菖蒲は恐る恐る目を開けると上裸で黒いタンクトップを右手で持ち、ジーンズを履いてるものの腰からボクサーパンツのゴムが見えている格好で目の前の床で横たわっている人間がいる。

 そいつの肌は浅黒く黒い短髪はだらしない服装とは裏腹に耳周りも綺麗に短く整えられている。上裸は隆々とした筋肉で男も羨む体つきをしていた。

 そう、こいつは幕内櫻太まくうちおうた。薬中野郎で筋肉馬鹿の元軍人。

 号令で菖蒲とビリを争う男。

「俺の勝ちだな。」
 息を整えた櫻太は短く一言言うと、鼻で笑ってニヤリとした目つきで菖蒲を見る。

 菖蒲は櫻太と勝負しているわけではないが、毎度ビリ争いになるためいつものやり取りにうんざりしていた。
 が、今回はいつもと少し違う。いつも確かにお互い急いで走ってくるが櫻太の登場の仕方が明らかにオカシイ。
 菖蒲は恐る恐る櫻太に尋ねる。
「…あんたどっから入ってきた?」

 櫻太はもう息が落ち着いたのか床にあぐらをかいて座り親指を立てて3階を指差す。

「え、俺階段であんたの気配しなかったけど?」

 菖蒲も3階から降りてきた。櫻太が嘘をついていないとすれば、こいつは3階からどうやって降りてきたのか。上から何か降ってきた嫌な予感を思い出しながら櫻太に尋ねると、櫻太は自信満々に言う。

「3階から、通路つたって。ほら、ここ吹き抜けだろ?」

 櫻太は立ち上がり上に服を着ながら答えた。なんとも余裕がある感じで言うが、3階から階段使わずに壁と溝を使って降りてきたことをコイツは恥もせずに認めたのだ。

 それに思わず菖蒲は悪態が口をついて出る。
「馬鹿じゃないの?3階から飛び降りるなんて自殺願望でもあんのかよ?」
 売り言葉に買い言葉で櫻太はすぐ煽りに乗ってしまう。
「はあ?!こんくらいいつも任務で飛んでるだろ?!馬鹿っていうなや!」
 普段バカと言われている櫻太は『バカ』という言葉に敏感である。
 だがこの理解力のない馬鹿に普段のイライラが爆発した菖蒲は嫌味満載で注意をする。
「あのさ、普段からなんでそんな危ないことすんのかなってみんな思ってるわけよ?でも任務だし、客の命かかってるし、あんたの無鉄砲な行動のおかげで助かってる部分もあるんだけどさ、今ここ仲間しかいないでしょ?!しかも集まってんのここに!あんたが降ってきたところに仲間がいたらどうすんだよ?!仲間の命かけてどうすんだよ?!」

 ヒートアップした菖蒲。彼を宥める仲間は誰もいない。
 それどころか、
「そろそろ満足した?」

 鬱陶しそうな表情と声でスマホをいじりながら菖蒲に声をかけてきたのはチームの最年少、赤芒葉月あかのぎはづき。彼女はチームのIT担当で本来は高校生。ずっとスマホいじってる。スマホ中毒。

「そんなことより、どっちが先だった?」
 冷静な凛とした上品な声。声の主は奥のキッチンから自分の分だけのコーヒーを見れて大量の角砂糖とともに男が現れ菖蒲の横に腰を下ろす。そしてその男は角砂糖入れから5個取り出して一個一個ポチャンと音を立てながらコーヒーに入れていく。

 見てるだけで胸焼けしそうだ。こんな甘党の正体は医師免許を剥奪された天才診断医の菊地盃都きくちはいどだ。 冷たい目と冷たい上品な声を持って、おそらく潔癖症に近い神経質な面があるのだろう。黒いスラックスと白いシャツにはシワがひとつもなく革靴は綺麗に磨き上げられている。

 そんな男が尋ねた、『どっちが先か』という問いは、おそらく『櫻太と菖蒲がどちらが先にこのミーティングポジションに着いたか?』ということだろう。

 なぜわかるのか。それはこの二人が毎回ビリ争いをするため、どちらがビリになるか盃都と葉月で賭けをしているのである。

 葉月は自作のAI判定カメラでジャッジをさせる。このアジトのミーティングポジションに向けてあるカメラをあらゆる方向から検証し、答えが出たようだ。

 ホログラムのディスプレイには櫻太のID写真が写り、菖蒲が負けたことを知らせる。

 それにガッツポーズしたのは櫻太本人と菖蒲がビリになる方にかけていた盃都だ。
 そして盃都は葉月に向かって手のひらを上にして早く掛け金を寄越せと合図する。

「あんたマジかよ、女子高生から金巻き上げる気?」
 その一部始終を見た菖蒲は流石に引いて声をかけるが全く悪びれる様子がない。
「?賭けは賭けだ。小学生がお年玉をかけて負けたとしても俺はいただく。それが賭けってもんだろ。」
 盃都はソファで足を組んで優雅にクッソ甘いコーヒーを飲みながら葉月からの掛け金を受け取った。

 このチームは社会不適合どころか、大事なことが破綻した人間しかいないのかもしれない。
 そう思った菖蒲はソファで項垂れるしかなかった。

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