6.社会不適合者でも生きていけるので新社会人の皆さん安心してください(素人小説)
葉月に見送られた三人と千鶴は車庫に向かいそれぞれ車に乗り込む。
千鶴は黒のセダンに。
櫻太と菖蒲は黒のジープに。
盃都はシルバーのセダンに。
千鶴の車はすぐに出て行ったのを櫻太は横目で見てエンジンをかける。菖蒲はシートベルトを締めながらつぶやく。
「さっき、誰に電話してたんだろ?」
菖蒲の問いに櫻太は興味なさそうに肩を上げて「さあ?」と答えて車を発車させる。
その反応に不服なのか菖蒲はムッとした顔をした。
「アンタは気にならないの?千鶴さんがたまに誰かに電話してるの。」
菖蒲のなんでも気づいてしまうからこそ何でも首突っ込みたがる精神に辟易しているのか、櫻太は窓の淵に肘をつきながら片手でハンドルを握り、だるそうに目を細めてあくびをする。
「意外だな。アンタこういうの気になる方だと思ってたけど…もしかして、電話の相手知ってるとか?」
しつこく聞いてくる菖蒲にうんざりして櫻太はしょうがなく喋り出す。
「知らねーよ。つーか知りたくもねぇ、上司のプライベートなんて。任務が回ってればそれでいいんだよ。」
ビジネスライクの櫻太。冷たいわけではない。踏み込んでほしくない境界をわきまえているのだ。なぜなら櫻太自身も踏み越えてほしくない、思い出したくもない記憶があるから。
その事情をお得意のメンタリズムでなんとなく察している菖蒲だが、千鶴のプライベートに関しては全く読めない。過去の壮絶な経験は映像を見るようにわかるのに、今現在の状況がわからないのだ。
おそらく千鶴が一線を引いて遮断しているのだろう。それは知られたくないからなのか。俺に気を遣ってなのか。
それにしてもたまに任務のことで誰かに連絡を取るが、その相手の声を聞いたこともなければ姿を見たこともない。これほど謎に包まれると解き明かしたくなるのが菖蒲の悪い癖。
菖蒲が渋々諦め、櫻太から情報を探ろうとするモードを切ったのを確認して櫻太はつぶやく。
「本当に知りたかったら盃都にでも聞いてみろよ。」
たぶん盃都もはぐらかすだろうけど。そんなことを思いながら櫻太は菖蒲に助言した。
菖蒲は不思議に思う。櫻太は知らなくて盃都は知っている。どういうことなのか。ただ単に盃都の方が櫻太より千鶴と付き合いが長いからなのか。それとも千鶴と盃都の知り合いなのか。
葉月も知っているのだろうか。菖蒲は葉月は知っていそうだと踏んでいる。好奇心旺盛な彼女なら千鶴の通話履歴にハッキングしておそらく相手の住所も経歴も知ってるだろう。そして、それをわざわざ言わず、騒ぎ立てないことを思えば、千鶴の電話相手は葉月が認めるくらい優秀ということになる。
菖蒲はそんなに優秀な人なら一度会ってみたいと思った。このチームの存在を知っていて、若いとは言えあの千鶴と対等に渡り合える人間。そして時に協力さえしてくれる。
そんな有能な人ならある程度権力も財力も持っていることが予想される。そうなると必然的に歳上か。
だが、このチームを見れば分かるように若くして優秀な人間がいる。そう思えば人物像を絞るのが難しい。
菖蒲が一人で思考を巡らせていると千鶴から通信が入る。
「母親と秘書に接触できた。みんなの予想通り、二人はグル。今回の紫水晶失踪は、本人の希望みたい。
菖蒲くんの言う通り、アイドルのLIVEを見にいきたがってたと。父親は絶対に許さないことをSNSで秘書に相談した段階で、秘書と母親が今回の失踪を計画したとのこと。
で、今、母親から紫水晶を保護する許可が降りた。
私はこれから母親を保護する。盃都は秘書を、櫻太と菖蒲くんは紫水晶を。それぞれ保護出来たら連絡を頂戴。」
千鶴は自分が収集した情報を報告して、他のメンバーに指示を与えて通信を切った。
葉月は千鶴の指示を聞きながら各メンバーに必要と思われる情報を送信する。
盃都には秘書の位置情報と周囲の人物情報を。
櫻太と菖蒲には紫水晶の位置情報と最短ルートを。
それぞれが目的地に着き、櫻太と菖蒲は葉月から送られた情報をもとに紫水晶が今いるであろうホテルに到着。
二人はホテルのフロントに話を通さず、滞在者を装ってエレベーターに乗り込む。櫻太はデバイスをかざしてエレベーターのフロアボタンを解除して9階のボタンを押した。滞在者以外が客室にアクセスできないようにホテル側が考えたシステムも、葉月の作ったキー解除チップにかかればこのように一瞬でザルとなる。
目的階に到着した二人は足早に紫水晶が滞在する部屋に向かう。櫻太が先ほどのキー解除チップを使ってドアロックを解除しようとしたとき、菖蒲がデバイスを持つ櫻太の手を制して止める。
「ちょっと、押し入ったらびっくりさせちゃうじゃん。もう母親から直接連絡入ってて迎えがくることくらい本人は理解してるんだから、もうちょっと丁寧にやらない?」
菖蒲の制止に若干のイラつきを覚えながらも、櫻太はおとなしくデバイスをポケットにしまい、投げやりにドア横にあるインターホンボタンを押す。
フロアには先ほどから小さい音でBGMが流れている。その上に重なるように鳴ったインターホン。だが、相変わらず聞こえてくるのは謎に軽やかで上品なクラシックのBGMのみ。
待つことが苦手な櫻太は、思わず覗き穴に左目を近づけて部屋の中を覗く。が、部屋には人影が見当たらない。
「おい、いねーぞ。本当にここで合ってんのか?」
思わずぼやいた櫻太の一言を、インカムで葉月が聞き逃すはずがなかった。
「いますー。昨日の20:14に部屋に入ってから出た形跡はありませーん。ドアロックの操作履歴と、その階の全監視カメラと、エントランスの監視カメラ全部チェックしましたー。櫻太の顔が怖くてヤーさんだと思われてんじゃないの?」
葉月は自分の仕事を疑われてイラついた。代わりに人相が悪い櫻太の顔を指摘すると、櫻太は当然怒りを覚える。インカムの向こうにいる人物をどつくこともできずに、この怒りの矛先を失う。
フラストレーションは溜まるが、自分の人相の悪さは自覚している櫻太。怒りを抑えつつドア解錠の任は菖蒲に譲ることにした。
菖蒲はすぐにまたインターホンを押して、小声で紫水晶に訴える。
「あのー、晶くん?だよね?俺たち君のお母さんに言われて君を保護しにきました。お父さんにこの場所見つかってるから、そろそろ紫水議員がここに来ちゃうよ?それでいいなら良いんだけど、もし嫌なら、このドアを開けてくれないかな?」
しばらく無音だったが、鍵が開く音がして扉が少し開いた。そこから少し顔がのぞいて見えた。アジトのデータ見た紫水晶の顔だ。
本人を目視できたことに安心した菖蒲は次の段階に移る。ホロコスを解除して素顔のまま晶と対峙。
なぜなら、ドアは開いてもまだ晶の心は完全に開いていないからだ。その証拠にチェーンロックはかかったまま。
菖蒲はこういう警戒心が強い人と対峙する場合、自分を包み隠さず表現したほうが効果的であることを知っている。特に自分の顔はある程度人気なのも自覚しているため、こういう時には顔を出したほうが信用されやすい。
晶はホロコスが解けて別人が現れた瞬間警戒心が強まったものの、出てきた人物があの大人気アイドル八橋菖蒲だと知り、驚きつつもチェーンロックを外した。そう、だれだって菖蒲の顔はじっくり拝みたくなる顔なのだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?