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【百合小説感想】勇者になりたい少女と、勇者になるべき彼女


「変なの。魔族なら同性同士でも子ども産めるし、相手が人でもボクは大丈夫だよ。どう? 今からちょっとでいいから魔族方式試してみない?」

『勇者になりたい少女と、勇者になるべき彼女』1巻 いのり。/KADOKAWA

百合度  :中~高
百合タイプ:恋愛百合(ガールズラブ)
男性キャラ:あり
邪魔度  :無


こういうのを百合で読みたかった! 王道ファンタジー、開幕!


 本作の舞台は人族と魔族が暮らすファンタジー世界。人魔大戦と呼ばれる大きな戦争が人族の勇者の活躍によって終結して、人族VS魔族の争いはひとまず収まった時代。そんな頃、魔族の少女・ルチカが勇者になることを夢みて人族の王都にある「勇者学校」に入学する。というところから物語が始まります。
 主人公であるルチカは天真爛漫で自由奔放、それでいて戦えば敵なしの強キャラ。「やりたいこと」を見つけたら何はともあれ一直線に突き進む猪突猛進系女子です。読者としても「いいぞ、もっとやっちゃえ!」と応援したくなるような、元気系の主人公。魅力的です。
 ちなみにボクっ子の女の子です。タイトルに「ボク」とあるのもそれが理由。
 ファンタジー×学園もの、王道ですね、『ハリー・ポッター』に代表されるように、ファンタジーと学園ものは相性が良いのか数多くの作品が世に出ています。ですが、本作で特筆すべきはガールズラブ、つまりは恋愛百合であることです。ファンタジー学園もの×百合の作品は何作かありますが、直球の恋愛百合を打ち出した作品は私が知る範囲では本作が初めて。ファンタジー学園ものというすでに広く普及していて凡庸化しているテーマでも、そこに直球の百合を代入すると一気に新鮮さが溢れ出るんですよね。これをガールズラブで読める。重要なのは、そして新鮮に感じるのは、そこです。
 作者はアニメ絶賛放映中の百合小説『私の推しは悪役令嬢。』の いのり。先生。百合的に非常に信頼の置ける方なので、そうした意味でも安心して読めます。

カジュアルだけど軽くないガールズラブ


 本作の主人公、ルチカは女の子が大好きな女の子です。あとがきでも触れられていますが「女の子同士なのにこんなこと・・・」みたいな同性愛への禁忌観は一切なく、真っ向からためらいなくヒロインの女の子、レオニーへ愛をぶつけます。
 躊躇なく同性へプロポーズできる理由としては、ルチカの育った魔族社会では同性愛はまったくアタリマエのことであり同性同士の子作りも普通にできる、という点が挙げられます。一方、レオニーの育った人族社会では同性愛はアタリマエではなく、同性婚も「戦争で人口が減ったので生殖に繋がらない婚姻関係は認められていない」という理由で出来ません。ルチカは人族の異性愛主義を「変なの」と一蹴します。つよい。実際、人口が減ったからといって同性婚を排除していい理由にはなりませんし。
 物語中では何度もルチカがレオニーに「番(つがい)になろうよ!」と迫り、レオニーはそのたびに断る、というやり取りが繰り広げられます。その光景はよくある「百合キャラがノンケキャラにセクハラをする」みたいなステレオタイプなものではなく、あくまで「主人公がつれないヒロインにアタックを繰り返す」、という世のラブコメでよくある雰囲気になっているのが好感度が高いです。よくあるラブコメ、百合で読みたかったのよ・・・
 主人公がアタリマエに女の子が好きで、めげずに何度もヒロインにプロポーズをする。だけどそのシーンの扱いはホモフォビックな印象を受けるような軽いものではなく、ラノベの恋愛要素としてしっかり作中に息づいている。恋愛百合が作品を構成する要素にしっかり組み込まれていると感じました。主人公のヒロインへの恋愛感情は決してギャグではなく、物語の大きな軸となっていますね。
 天真爛漫で自由奔放、戦えば敵無しの強キャラ、そして女の子大好きな女の子。百合作品の主人公としてカンペキだとは思いませんか。
 

「すべきこと」と「やりたいこと」


 本作では自分の「すべきこと」という使命と、「やりたいこと」という欲求のあいだで起こる葛藤がテーマのひとつとしてあります。
 レオニーは「伝説の勇者の娘」として生まれてきたため、勇者学校では剣術などの戦闘能力で優れた成績を残すべきという「すべきこと」の使命を背負わされています。ですが彼女は剣術をはじめ実技の成績が低い。そのため周囲からは「あの伝説の勇者の娘なのに」と冷たい目を浴びせられます。
 そんな彼女にも「やりたいこと」があります。生活魔法の研究です。本作の世界においては戦闘用の魔法のほかに、体を綺麗にしたりお湯を沸かしたりできる「生活魔法」という魔法が存在します。作中ではポットに水を入れるだけでお湯を沸かせるT-falみたいな生活魔法が登場しました。私たちの世界における生活家電と考えればよいでしょうか。
 生活魔法で世の中を便利にしたい。でも彼女には「勇者の娘」として母と同じ道を歩むべき、という使命もある。相反する「すべきこと」と「やりたいこと」の狭間で揺れ動くヒロインに、主人公は手を差し伸べます。その先どうなるのかは本作を読んでのお楽しみ。
 ちなみに主人公のルチカには「すべきこと」はありません。「やりたいこと」だけで動く直情系主人公です。魔族だけど勇者になりたいから勇者学校に入学し、ヒロインに一目惚れしたからヒロインに猛烈アタックする。目的がハッキリしていてすぐさま行動に移す。魅力的な主人公像だと思います。
 話は逸れますが、現実でも「すべきこと」と「やりたいこと」が一致している人のほうが、むしろ珍しいです。「好き」を仕事にできている人なんてホンの一握りですし、大半の人は子どもの頃に夢みた仕事とは別の職業に就いていると思います。現実を受け入れて日々の仕事に埋没するか、それとも諦めずに夢を少しずつでも追いかけるか。社会人になってから小説書きを夢みはじめた私のような人間に非常に刺さるテーマですね。閑話休題。

ギアが示す「すべきこと」を超えて


 勇者学校の生徒たる勇者候補は皆「ギア」と呼ばれる装備を装着しています。歯車の形をした装飾が施された、首に巻くチョーカーのようなものです。ギアは装着者の精神に直接語り掛けてきて、直近に起きる出来事を未来予知してくれます。戦闘において「上段袈裟斬り、一秒後」など相手の攻撃を先読みして教えてくれる、非常に便利なシロモノ。他のファンタジー小説なら主人公が序盤で手に入れて、未来予知スキルで強敵を余裕で倒しながらブイブイ言わしていくレベルの万能チートアイテムでしょう。それが、この世界では勇者学校に通う生徒みんなが持っています。
 そして便利なアイテムには往々にして弊害があるもの。
 「汝、己よりも師よりも、ギアに従うべし。」
 これは、物語の舞台となる勇者学校の校則前文に記された一文。生徒たちは便利すぎるギアの未来予知を盲信するようになり、疑いもせず従うことになります。超高性能ガジェットが人々の行動を支配する。本作のジャンルはファンタジーですが、ちょっとディストピアSFみたいな要素もありますね。
 このギアが提示する未来は、ズバリ「すべきこと」。「ギアの言うとおりにしていれば相手に勝てる。だからそうすべき」という思考停止がアタリマエになり、皆が「やりたいこと」を失っている。勇者学校はそんな世界だと感じました。
 ですが主人公のルチカはそんなアタリマエなどお構いなし。ギアの指示を一切合切無視して持ち前の戦闘能力を余すことなく発揮し、実技の分野で好成績を収めます。これには学校の生徒も先生も度肝を抜かれてしまい、良くも悪くも注目を集めます。絶対的存在であるギアに逆らい、それなのに好成績を収める異端児。作中の言葉を借りるなら、「やべーヤツ」。これまで疑われもせず守られてきた「常識」をアウトサイダーである主人公がブチ壊す展開、王道です。痛快ですね。チートアイテムがあるのにあえて使わない主人公って新鮮で、カッコいい。
 ヒロインのレオニーもギアの「アタリマエ」を信じ、「すべきこと」に従ってきた一人でした。ですが、その常識は疾風の如く現れた主人公にブチ壊されます。常識という名の身を戒める鎖を砕かれた彼女がこれからどんな道を歩み、主人公とどんな関係を築くのか。それは本作を読んでのお楽しみ。

まとめ


・作りこまれた舞台設定
・「すべきこと」「やりたいこと」の対比
・魅力的なキャラクター
 の、三本柱がしっかりと打ち立てられた壮大なガールズラブ物語が始まりました。1巻は壮大な冒険の幕開けといった〆かただったので、今後の展開に大いに期待が持てます。これから先の勇者学校生活で、ルチカとレオニーの関係はどう発展していくのか。「ギア」とは何なのか。はたして二人は勇者になれるのか。ぜひとも本作が長期刊行作品となって、二人の旅路を末永く見守りたいと思います。
 ラノベ好きの人、百合好きの人。そしてもちろん、百合ラノベ好きの人は間違いなく”買い”の一作です。さあ、一緒にルチカとレオニーの恋路を見届けましょう。

 あ、百合キスもあるよ。

『勇者になりたい少女(ボク)と、勇者になるべき彼女(キミ)』
(公式商品ページ)


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