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【読書メモ】今週読んだ5冊



『海が見える家』はらだ みずき


 のこされたのは、丘の上の海が見える家。
 苦戦した就活でどうにか潜り込んだ先はブラック企業。働き始めて一ヶ月で辞職した。しかし、再就職のアテもなければ蓄えもない。そんな矢先、疎遠にしていた父親の訃報が飛び込んできた。孤独死したのか。どんな生活を送っていたのか。仕事はしていたのか。友人はいたのか。父について何も知らないことに愕然としながらも、文哉は南房総にある父の終の棲家で、遺品整理を進めていく。はじめての海辺の町での暮らし、東京とは違った時間の流れを生きるうちに、文哉の価値観に変化が訪れる。そして文哉は、積極的に父の足跡をたどりはじめた。「あなたにとって、幸せとは何ですか?」と穏やかに問いかけてくる、著者新境地の感動作!

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・劣悪労働環境企業に新卒で入社して一ヵ月で辞めた男性が、南房総で新生活を始める話。いわゆる都会に疲れた人の地方スローライフ小説です。
・舞台は千葉県・房総半島の先端にある市、館山のあたり。私は掌編小説を書くためのフィールドワークで同じく南房総地域の勝浦に行ったことがあるけれど、のどかで暖かくて景色も良くてご飯も美味しくて、マジで良いところでした。本作も南房総ののどかな雰囲気が余すことなく描かれていて癒される。物語のほうはわりとハードな展開が多いけど。
・都会の若者が徐々に地方の生活に適応していく過程が丁寧に描かれている。たとえば釣り。都会の人間は釣りをする機会がなかなかないので馴染みが薄い。けれど、東京から来た本作の主人公は南房総に移ってしばらくしたら釣りを始める。なぜか。失業してお金が無いので、食料を自給自足しないといけないから。
・お金。切実な問題である。私たちは資本主義社会に住んでいるので、フィクション作品において主人公がお金の問題を抱えていると読者である自分もすぐに共感できるんだよな~と、読んでいて思った。いま私は小説の勉強をしているんだけど、「主人公が抱える問題は読者が感情移入できるもののほうが良い」と何冊かの小説ハウツーの本に共通して書いてあるのね。その点では金銭的に余裕が無かったりするお金の問題は、ほとんどの読者が共感できるよな~と。ロマンチックさは無いけれど。
・本作のテーマは「人生を楽しむ」こと。劣悪労働環境企業に就職して人生のどん底に叩き落とされた主人公は、南房総という東京とはまったく違う環境の新天地で新たな人生を始めることになる。人生を楽しむ。簡単に言ってくれるけれどけっこう難しいことではあるよね。生きるにはお金がいる。お金を稼ぐには仕事をしなければならない。大抵の仕事はつまらなくて、長時間従事しなくてはならない。すると、つまらない時間が人生の少なくない割合を占めることになる。それなら、人生を楽しむなんてできないわけで。
 それでも、本作の主人公みたいにふとしたきっかけで、人生をより楽しい方向に舵を切れることもあったりする。その機会がいつ来るかは分からない。人によってはすぐに機会が巡ってきたりもするし、いくら待っても来ないかもしれない。後者の場合は自分から探しに行く手もある。いまの生活や、これからの人生に不満がある人に読んでほしい作品です。


『海が見える家 それから』はらだ みずき


 入社一ヶ月で会社を辞めた直後、田舎暮らしを始めた父の死を知らされた。文哉が霊安室で対面した父は、なぜか記憶とはまるで違う風貌をしていた。
 家族に遺されたのは、丘の上にある、海が見える家。文哉は、遺品を整理しながら、父の足跡をたどっていく。すると、意外な事実を突きつけられていくのだった。
 豊かな自然が残る南房総の暮らしを通して、文哉は自らの人生を見つめる時間をすごしていた。そんなある日、元彼女からメールが届く。
 果たして、都会を捨て、田舎に逃げてきただけなのか? あれから一年。自問の末、文哉が踏み出す新たな一歩とは?
 幸せのあり方を問う感動のロングセラー続編、いきなり文庫で刊行。

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・前作から一年後を描く南房総スローライフシリーズ。今回は起承転結の「承」。
・主人公は相変わらずお金がなく、今回も金策を立てることが物語の最初の目標となる。スローライフでもお金は切実な悩みなのだ。近所の人の船釣りを手伝ったり、自宅で雑貨店を始めたり。慣れないことに苦労しながらも少しずつ成長していく。
・脱資本主義的な、いわゆる「自然派」的な価値観が強いので、そうしたものに忌避感がある人にはオススメできない。ネットにはよくいるのよ、「自然派」ならバカにしていいと思っている人たちが。
・前巻の釣りに加えて、今回は畑仕事にもガッツリ取り組む。地元で長らく畑仕事をしている老人の、農業に対するガッツリした価値観が読み応えあった。
・「人生を楽しむ」に加えて、今回は「働くということ」もテーマとなる。舞台となる土地では、働くために生きるのではなく生きるために働いている。「働く」とはなにも組織に属して給料をもらうことだけを意味するわけではなく、今日の食料のために釣りや畑仕事をすることも立派な「働く」である。都会で生きているとそうした観点が抜け落ち、組織の歯車になることだけを労働と捉えることになる。資本主義に組み込まれて労働観の視野が狭まっている人にも読んでほしい。
・「ワイプアウト」がキーワードとしてたびたび登場する。サーファーがサーフボードから意図せず転落することを意味するサーフィン用語であり、サーファーの主人公たちにとっては馴染み深い言葉となる。転じて、本作では社会の歯車から外れることを指す言葉としても使われる。主人公がその筆頭であり、新卒で入社した会社を一ヵ月で退職した過去がある。だけど、一度ワイプアウトしたからといってそこで終わりなわけじゃない。何度でもサーフボードに這い上がって、また波に乗ることができる。ワイプアウトを恐れて劣悪労働環境企業(何度もこの言葉を使っているけど、「ブラック企業」という言葉もよくないな~と最近思い始めたのが理由)に留まり続けることこそ、人生を楽しめなくなるのではないか。

『海が見える家 逆風』はらだ みずき


 入社一ヶ月で会社を辞めた文哉は、急逝した父が遺した千葉県南房総の海が見える家で暮らして三年目を迎えた。この春に起業した文哉の生活は順風にも見えた。しかし、直撃した大型の台風によって生活は一変してしまう。通信手段すら途絶えるなか、文哉は地域の人と共に復旧作業に取り組んでいく。そんなとき、学生時代の知人の訪問を受ける。農業の師である幸吉、便利屋の和海らと深く交流し、自給自足的な生活を目指すなかで、あらためて自分がどうやって食っていくのか悩み、模索する文哉に、新たな決意が芽生えていく――。
 ベストセラーシリーズ、待望の第三弾!!

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・起承転結の「転」。今回は2019年の台風15号被害が物語の大きな転換点となる。 被災当時の状況や雰囲気がリアルに描かれており、絶望感がすごい。台風被害を受けて主人公の生活基盤が徐々に崩れていき、それでも立ち直ろうとする話。
・今回は全体的に雰囲気が暗い。まあ、台風被害を食らってゴキゲンというわけにもいかないけれども。
・地方の良い点ばかりが描かれて悪い点はホンの少し軽く触れられる程度なのは、地方スローライフ作品なので致し方なし、と思う。
・主人公の考え方が本格的に脱資本主義になる。「食っていく」とは金を稼ぐことだけじゃない。作物を育てたりすることも、立派な「食っていく」ことである。
・人生を楽しむには自立しないといけない、とも主人公は説く。誰かと一緒じゃないと楽しめないようなことばかりをするのではなく、自分一人でも楽しめる何かを見つけることが大事である。

『海が見える家 旅立ち』はらだ みずき


 父が遺してくれた海が見える家が台風により被災後、追い打ちをかけるようにコロナが蔓延してしまう。思うように日常生活をとりもどせない文哉は、農業の師である幸吉がビワ畑で倒れていたあの日に思いを馳せる日々を送っていた。心配する和海のすすめもあり、文哉は旅に出ることにした。向かったのは、幸吉の親友、イノシシの罠猟の達人である市蔵の暮らす集落。山に入り自然薯を掘ったり、斧で薪を割ったり、自然に抱かれて過ごすうちに、文哉は求めていた自分なりの答えを見いだしていく。そして、新たな決意を胸に抱く! 25万部突破のベストセラーシリーズ、堂々完結。

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・起承転結の「結」。
・台風15号の被害に加えてコロナウイルスという泣きっ面に蜂を食らった南房総。本作もポストコロナ作品の一つと言える。
・地方の悪いところがナーフされた作品だからだと思うけど、若い女性が結婚や就職をせずにいることに誰にも何も言われないのはリアリティが薄いと思った。その「リアリティ」もだいぶイヤだけど。

・ここからはネタバレありの感想なので、未読の方は注意。

・これまで父から譲り受けた家のある南房総で、地元の人々との関係を築きながら生きてきた主人公。一人だけの会社を立ち上げ、都内に住む知人と協力して雑貨を下北沢の雑貨店に出荷するなど生活は起動に乗りつつあった。しかし前述した台風15号に加えて新型コロナの影響もあって生活が先行き不透明になる。そんななか、長野の山奥に住む知り合いから「南房総は家が立ち並んでいるからまだ田舎じゃない。田舎とはこの山奥のような場所を言うものだ」と聞かされて、南房総から山奥の土地への移住を決意する。理由は、「父が遺した地域住民との縁に頼った現在の生活ではなく、縁もゆかりもない本当の田舎でも自分が生きていけるのか試してみたいから」。
 これはね~、うん、ちょっと。さすがに無責任に感じた。アナタ、いままで南房総で色んな人に助けられてきたし、会社を立ち上げたんだから色んな人との利害関係もあるでしょ。自分の力試しのためにそれらを全部ほっぽり出すのはどうなのよ。なんか納得いかないけど、主人公は南房総を離れて新天地の山奥で新たな生活を築きはじめるみたいです。

『山に抱かれた家』はらだ みずき


 海から山へ。大人気シリーズ新章開幕!
 田舎暮らしの夢を叶えた父が遺してくれた「海が見える家」で暮らす文哉。旅の途中で山間にある畑付きの空き家を偶然見つけ、つき合いはじめた凪子と内覧に出かける。そこは野菜作りの師匠であった今は亡き幸吉の親友、猟師の市蔵の故郷だった。しかし文哉にとっては縁もゆかりもない土地で、限界集落でもある。それでも運命を感じた文哉は空き家を買い、古い家屋や長年休耕地だった畑に手を入れながらひとりで暮らしはじめる。自分で選んだ、さらなる田舎において、文哉の望む自給自足的な暮らしは果たして実現できるのか? ベストセラー「海が見える家」シリーズの新たな章がスタートする!

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・主人公はこれまで暮らしていた南房総の家から長野の山奥へと移住する。海辺の町とは何もかも違う、周りは山ばかりのガチ田舎で主人公は果たして生きていけるのか、ワクワクの新章の開幕なり。
・けれども当然、問題は山積み。山の中なので、まず虫。ムカデやアリが普通に家の中に侵入してくる描写があるので、虫が出てくるのが苦手な人には本書はオススメできないかな。
・登場人物の平均年齢が高い。バリ高い。移住先はいわゆる限界集落なので、主人公以外は全員高齢者なのである。前作では40代の頼れる兄貴分や20代の女子もいたけれど、今回はマジでおばあさんとおじいさんしか出てきません。渋い、渋すぎるよこの登場人物構成。
・前作では庭で野菜を育てていたけど、今回は梅を育てる。購入した家の庭に植わっているのが梅の木だったから。梅農家編のスタートと相成ったわけだけど、梅だけを食べて生きていくわけにも行かないので地元の農協に卸して生計を立てることに。うーむ、前作まではけっこう脱資本主義的な感じだったけど、本作では普通にお金儲けするのね。仕方ないとはいえ、ちょっと肩透かしを食らった気分である。
・今回もまた起承転結の「起」といった感じで、新天地での生活も地元住民との関係もまだ始まったばかり、といったところで終わる。本書一冊だけではストーリーとして別段盛り上がりや面白いところは少ない。ただ、前作も四部作で起承転結ができていたので、今回も同じような感じでいくのかな~と。
・以上、同作者の同シリーズを追ってみた一週間でした。ストーリー構成は大器晩成型というか、地元住民との関係性を築いていって徐々に物語が面白くなる感じ。いきなり事件が起こって怒涛の展開の末にカタルシスのある解決がある、といったドラマチックさは無い。長いスパンでじっくり読書をしたい人にはオススメできると思う。逆に「早くなんか事件が起こって面白くならないかな~」という人には向いていないかも。脱資本主義のスローライフを描く中で、主人公を通して読者の人生観にも痛切に訴えかけてくる作品なので、人生に迷っている人へオススメしたい。


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