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【読書メモ】今週読んだ5冊



『キャンセルカルチャー: アメリカ、貶めあう社会』前嶋 和弘


アメリカ社会の“溝”を読み解くキーワード。
挑発的な手法の大統領を生み、社会に大きな溝を残したアメリカ。その背景には「文化の否定」をめぐる応酬があった。2020年、黒人差別反対を訴えるブラック・ライブズ・マター(BLM)運動は、建国の英雄らの銅像が次々と引き倒される事態へと広がる。対して、保守派からは反論が巻き起こる。トランプ大統領(当時)は、ワシントンやジェファーソンら「建国の父祖」たちの像の撤去は、これまでの文化を否定する「キャンセルカルチャー」であるとした。ほんとうに歴史を清算するのか、どうしたら対立を乗り越えられるのか。BLMをはじめ、銃規制、同性婚、ダイバーシティ、妊娠中絶、移民など数々のもつれた糸を、2020年代のホットワード「キャンセルカルチャー」を縦軸にときほぐしていく。

Amazon商品ページより

・「キャンセルカルチャー」というタイトルと「貶めあう社会」というサブタイトルの組み合わせを見て、「保守もリベラルもどっちもどっち」みたいなどっちもどっち論の本だと思ったそこのアナタ。安心してください、まともな本ですよ。
・現代になって多様性やポリティカル・コレクトネスが推進される一方で、それをケシカランとする保守からのバックラッシュも強くなった。その最たるものがトランプ前大統領だろう。
・セクハラなど問題のある行動を取った人物を降板させるなど、社会をより良い方向へ舵を切らせる動きが近年になって活発になってきた。それを「キャンセルカルチャー」と呼んで攻撃する動きがアメリカで火がついたように広がっている。その火付け役となったのもトランプ。アメリカが建国される際に先住民への差別や弾圧を行なったカッコ付きの「偉人」たちへの歴史観を見直し、そこから彼らの像を引き倒す動きが全米で広がった。それに対してトランプは「キャンセルカルチャーだ」と断言する。大統領が使ったワードなのだから、そりゃあ全米に広まるよね。以降、「キャンセルカルチャー」が保守の口癖となる。
・アメリカではwoke(ウォーク)という言葉が最近になってよく使われている。日本語に当てはめるなら「意識高い系」。もともとは黒人英語で「目覚めた」という意味であり、黒人たちの間で「人種差別に対して注意深く目を光らせる」という文脈で使われていた。それがいつのまにか、保守系がリベラルを「目覚めちゃった人」みたいに揶揄する形で使われるようになった。
・「批判的人種理論」という理論がある。大学教授のデリック・ベル氏が提唱したものであり、ひらたく言うと「人種差別が法制度などの社会構造に組み込まれており、黒人などの人種的マイノリティの活動を制限している」とする考え方である。本理論は学術的なアプローチの一つに過ぎず、本来なら表立って大々的に取り上げられるようなものではない。しかし「キャンセルカルチャー叩き」のうねりのなかで本理論は保守派により大々的にやり玉に挙げられて、あえてカジュアルに言うと「燃やされる」ことになる。アメリカの学校の中では批判的人種理論に基づいた教育を禁止する動きまで広がるなど、いっそ過剰すぎる反応を見せた。
・アメリカでは建国の歴史において「歴史戦」が繰り広げられている。リベラルは、先住民への弾圧を行なった「偉人」たちへの捉え方をいま一度見直すべきだとする。一方で保守派は「歴史の改変だ」としてキャンセルカルチャー叩きを大々的に展開する。その中には「白人が悪者にされている。白人差別だ、逆差別だ」といった被害者意識もあるのだろう(逆差別ってなんやねん)。
・ふたつのアメリカがある、と本書は論じる。リベラルが強い都市部と、保守派が強い中西部と南部。これは相反する世界観を持つ人たち同士の文化的戦争であると。著者は「戦争」という強い言葉まで使い、現状の深刻さを訴える。
 銃社会の問題ひとつ取っても、地方と都市部では事情が違う。アメリカは日本の25倍の国土があるので、だだっ広い地域では強盗などに遭遇して警察を呼んでもすぐには来てくれない。それゆえ自衛のために銃が必要となる。そのうえ地方では狩猟文化があるので銃が生活に根付いている。一方、都市部では警察を呼べばすぐに来てくれるし、都会で狩猟なんて出来るはずがない。こうした保守とリベラルの相反する世界観こそが「ふたつのアメリカ」であり、国民の分極化を生んでいる。こうした国民の分極化は民主主義の危機である、と本書は繰り返し提唱する。
・「フィルターバブル」という言葉がある。SNSで自分と同じ意見・思想の人たちばかりをフォローすることで自分に都合の良い情報しか見えなくなり、情報のシャボン玉に閉じ込められたような状態になっていることを意味する。さらにメディアも分極化が進む。保守メディアのFOXとリベラルメディアのMSNBC、これらのニュースで取り上げられる内容は保守/リベラルにとって都合の良いものばかりとなり、それぞれの党派性の人々のスタンスをさらに強固にする。双方が自分にとって心地良い情報のシャボン玉に包まれて、分極化は解消の兆しすら見えない。
・「キャンセル」という言葉は、昔はジョーク的な意味合いで使われるケースがほとんどだった。80年代に”Your Love Is Cancelled”という曲があり、日本語に訳すなら「お前への愛は終わった」といったところ。愛という大仰なテーマに対して「キャンセル」という言葉を使うことへのおかしみが当時はあったのだという。そして40年後の現在、「キャンセル」という言葉は保守派に怒りのニュアンスを込めて使われることがほとんどとなった。
・アメリカ社会の今後を見守るには、人口動態の注視が良いとのこと。日本と比べてアメリカの人口は飛躍的に増加しており、その大きな要因が移民の受け入れである。もともとアメリカは移民の国と呼ばれており、歴史的にも多くの人々を受け入れて発展してきた。中には国境をこっそり抜けてきた不法移民もいるが、実は中小企業の経営者などにも彼ら彼女らに寛容な人は多い。国民の分極化を乗り越えて移民の受け入れが増えれば、それは人口増加として現れる。移民の国・アメリカの底力を信じたい、と著者は締める。
・本書の内容ではないけど、余談をひとつ。このあいだ私が聴いていたラジオに本書の著者が出演していて、その時に言っていた「キャンセルカルチャーは保守の捨て台詞」という言葉が印象に残った。

『成瀬は信じた道をいく』宮島 未奈


唯一無二の主人公、再び。
……と思いきや、まさかの事件発生!?
10万部突破の前作に続き、読み応え、ますますパワーアップの第2作!
成瀬の人生は、今日も誰かと交差する。
「ゼゼカラ」ファンの小学生、娘の受験を見守る父、近所のクレーマー(をやめたい)主婦、観光大使になるべくしてなった女子大生……。
個性豊かな面々が新たに成瀬あかり史に名を刻む中、幼馴染の島崎が故郷へ帰ると、成瀬が書置きを残して失踪しており……!?
面白さ、ますますパワーアップの全5篇!

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・1巻の感想はこちら。https://note.com/7tsubaki3/n/nd54183b5c8ca
・エキセントリックな女子が周囲の人々を巻き込みながら我が道を行く話、第2巻。滋賀県大津市ご当地小説。
・成瀬と親友女子のお笑いコンビを推している女子小学生、娘の一人暮らしを危惧する成瀬の父、成瀬のバイト先のスーパーに通う「お客様の声」常連の主婦。さまざまな人々の目線から、成瀬という女の物語を綴る。男になびかず、型にはまらない型破りな女性キャラっていいよね。
・大津観光大使の家系に生まれた女性が同じく観光大使に就任して、さらには次の観光大使となる娘を産むためにお見合いをさせられる、という話がある。これ、かなりコミカルな設定になっているけれど、女が家系のために人生を決められるイエ制度的価値観を意識していると解釈した。そして、その女性は成瀬に出会ったことで自分の考えが変わり、親に決められた人生に抗って自分の人生を生きることにする。女が女に出会って変わる話っていいよね。
・前巻は申し訳程度に異性愛要素がある話があったけれど、今回はほとんどと言っていいほど無かった。というか前回のその話も最終的には男性からの申し出をやんわりとお断りするオチだったし。
・琵琶湖の「ミシガンクルーズ」がたびたび出て来るけど、検索してみたら実在するらしい。「どうしてミシガンなんだろう、湖つながり?」と思って調べたら、滋賀県大津市とミシガン州ランシング市は姉妹都市とのこと。やはり湖つながりらしい。
・長さは単行本で208ページと短めなのに、内容がめちゃくちゃ濃い。サクッと痛快な読書体験をしたい人にオススメ。

『わかりやすさの罪』武田 砂鉄


“わかりやすさ”の妄信・猛進が止まらない。「すぐにわかる」に頼るメディア、ノウハウを一瞬で伝えるビジネス書、「4回泣ける映画」で4回泣く観客。すぐに「どっち?」と問われて「どっちでもねーよ!」と答えたくなる日々。納得と共感に溺れる社会で与えられた選択肢を疑うための一冊。

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・ノンフィクション本。
・「俺が理解できるように説明しろ」という風潮が渦巻く昨今。『1分で話せ』といった本がヒットして、内容を端的にまとめられないことが未熟とされてしまう現在。そんな「わかりやすさ」偏重主義が渦巻く世の中に警鐘を鳴らす一冊。
・わかりやすくする必要はない。まずは自分の意見をそのまま伝えて、そこから話し合えばいい。コミュニケーションしようよ。
・ドラマなどにおいて伏線だと思われたものが回収されないと「あれ、結局なんだったの?」という評価を視聴者から受けることが多い。だけど、伏線は全部回収されなくてもいい。ドラマにおいて安定感のあるシナリオを求める「ベタであれ」という欲求は、フィクション作品の物語の単一化を生み出す。もっと視聴者に対して想像の余地を残していい。
・ある学校において、子どもに「今日はこういうことがあって、こう思いました。なぜなら〇〇だからです」と、ある出来事に対して自分がそう思った理由まで書かせる取り組みがある。理由を明文化させることで表現能力を高める狙いなのだろうけれど、それでは理由を書けそうな出来事以外は書かなくなってしまうのでは、と親は危惧する。理由なんてハッキリしなくたって、別にいいじゃん。
・「4回泣けます」というキャッチコピーの映画ポスターがある。観客の感情を決めつけて、そのうえ回数まで指定するなんて無礼な奴であると、とある映画雑誌で語られていた。「泣けます」「笑えます」などの感情を明確にしないといけない風潮は、それこそ「泣く」「笑う」に失礼である。もっと自由でいい。
・現在の日本の為政者は「雑さ」を前面に押し出している。汚職疑惑に対して詭弁を並べてのらりくらりとかわす総理、関東大震災後に起きた朝鮮人虐殺について追悼文を送らない理由を「亡くなった全ての方を追悼しているので」として逃げる小池都知事、自分の個人的な感情をあたかも日本人の総意であるように語って表現の不自由展を攻撃した名古屋市の河村市長。どれも雑である。この「雑さ」は実は「わかりやすさ」に通じるものがある。

『勝手にふるえてろ』綿矢 りさ


私には彼氏が二人いる──中学時代からの不毛な片思いの相手と、何とも思ってないのに突然告白してきた暑苦しい同期。26歳まで恋愛経験ゼロ、おたく系女子の良香は“脳内片思い”と“リアル恋愛”のふたつを同時進行中。当然アタマの中では結婚も意識する。しかし戸惑いと葛藤の連続で……悩み、傷つき、ついにはありえない嘘で大暴走!? 良香は現実の扉を開けることができるのか? 切なくキュートな等身大の恋愛小説。単行本未収録「仲良くしようか」も収録!

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・選ぶべきは初恋のステキな男子か、それとも、自分に好意を寄せてくるけどこっちは別に好きでもない男か。理想と現実、二者択一の異性愛恋愛小説。
・恋愛小説だけど、キラキラしていない。むしろそうしたキラキラを打ち砕く内容である。もっと泥臭くて夢が無くて、運命みたいな再会も天命みたいな告白もない。けれどもほのかに暖かい、そんな恋のお話。
・比喩に独特のセンスが光る。
「出来立てのお弁当の底みたいほかほかした暑苦しい顔」
「狭くて暗いところに閉じ込められるのが似合いそうな男の子」
 どうやったらこんな表現を思いつくんだろう。
 「そんな比喩ができるんだ」と感心するものから「その比喩は合ってるの?」と首を傾げるものまであるので、好みは分かれそう。

☆おすすめ!『このぬくもりを君と呼ぶんだ』悠木 りん


繋いだ手のぬくもり。これはきっとリアルだ。
「この雨も、風も、空も全部。もうずっと昔に地上にあったものを再現してるだけ。ただのフェイクじゃん」
有機ディスプレイは偽物の空を映し、人工太陽の光が白々しく降り注ぐ地下都市『Polis-UK8』。この全てが人の手によって作られたフェイクタウンで生きる十六歳の少女・レニーは、周りに溢れるフェイクを嫌い、リアルな『何か』を探している。
そんなレニーが出会ったのは一人の少女・トーカ。サボリ魔で不良少女たるトーカに、レニーは特別な『何か』を感じ、一緒の時間を過ごすようになる。
ある日、レニーの前に空から謎の球体が降ってくる。まるで太陽のように真っ赤に燃えていた小さなそれを、レニーは『太陽の欠片』と名付け正体を探ろうとする。
一方その頃、トーカの方でも何やら変化が起こっていて、二人の日常は音を立てて崩れ始めていく―― 。
「きっと隣にレニーがいるから――こんな毎日なら、あたしは悪くないと思えるんだ」
いつかトーカが言った言葉。あれはフェイクだったの? それとも――。
第14回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞作!
地下都市に生きる二人の少女のリアルとは――ガールミーツガールから動き出す、青春SFストーリー!

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・遠未来が舞台の百合SF。
・オゾン層が破壊されて地上が有害紫外線により居住不可能になった遠い未来、人類は地下に都市を築いて移住した。失ったかつての世界を再現するため、地下空間の天井に映し出されるのはニセモノの空。食べ物も飲み物も合成食材のニセモノ。この世界に本物があるとしたら、それはきっと隣にいる彼女のぬくもり。これは、ニセモノだらけの世界で生きる少女が本物を探すお話。
・SFだけどハードSFではないので、初心者にも情景が想像しやすい。舞台となる地下都市は地上にかつて存在していた町を模したような作りになっているので、ぶっちゃけ私たちがいま住んでいる町と風景はほとんど変わらない。
・あらゆる知識は手元の小さな端末からデータベースにアクセスすればすぐに取り寄せることができて、バーチャル体験だってできる。だけど、その作り物の世界に「手ざわり」は無い。
・「手ざわり」が本作のキーワードの一つ。いま現在でもVRや動画サブスクで視覚体験だけは飽食と言っていいほど豊富にあるけれど、手ざわりだけはどうしたって再現できない。本作は、主人公がヒロインと繋いだ手の手ざわり、そのぬくもりがテーマの一つとなる。百合がメインテーマに組み込まれてるっていいわね。
・主人公とヒロインの関係性は、物語スタート時はサボり仲間という悪友関係。主人公は周囲から優等生として見られており、一方のヒロインは不良。悩める優等生×飄々とした不良、という構図。いいよね。
 中盤以降は二人ともお互いを「大切な人」と内心で表現する。終盤で主人公はヒロインのことを「大切な友達」と他のキャラに対して紹介するけれど、たぶん友達以上の感情なんじゃないかな~。そういう特別な感情を抱いていることを示唆する描写もあったし。異性愛要素も無いし百合ラノベとしてオススメできる一冊です。
・主人公はニセモノ(フェイク)だらけの世界で本物(リアル)を探し求める。だけど毎日帰ってくる場所は、自宅という現実(リアル)。家庭環境に問題があるわけではない。だけど、理想の娘かつ優等生としての役割を演じなければならない現実(リアル)に囚われ続ける、閉塞感に押しつぶされそうな日常を送っている。
・地下都市という物理的な閉塞感と、周囲からの優等生という評価のプレッシャーに押しつぶされる少女の心理的な閉塞感。二重の閉塞感が物語の柱になっているのが巧い。そしてヒロインもまた、人種的マイノリティであるため社会からの抑圧という閉塞感を抱えている。同じく閉塞感を抱えた少女同士が出会う話という構図。
・主人公とヒロインは物語スタート時から仲が良い悪友の距離感だけど、中盤で距離が離れてふたりの関係性が壊れかける。そこから、いかに主人公にとってヒロインが大切な存在なのか、いかにヒロインにとって主人公が必要なのか。そういったことに気づいてお互いの大切さを再確認する展開がアツすぎる。途中までの両片想いがめっちゃやきもきさせてくれて最高。
・一人称二視点で、主人公とヒロインのふたつの目線から物語が綴られる。百合カップルがお互いに向け合う想いが地の文からにじみ出てきて、それを余すことなく摂取できるこの視点法は百合と相性が良いと思った。
・「弱さを見せられる強さ」というのがあり、大いに頷く。心が弱い人は弱さを見せたがらないことが多い。それも一つの防衛策だけど、信頼できる相手には思いきって弱さを見せる選択肢もあると思う。本作の主人公とヒロインみたいに。




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