谷崎潤一郎作品を初めて読んだ話
谷崎潤一郎作品を初めて手に取ったのは、今日みたいに日が照りつけて暑い日だったと記憶している。高2の夏休み。部活が終わった帰り道に、ふと思い立って本屋へ寄った。
ふらふらと涼しい店内を歩いていると、赤いカバーに青字の光る1冊が目についた。それが『刺青・秘密』だったのだ。
なんだか心を惹かれてそのまま買い、帰りの列車でページを開いた。
気がつけば私は貪るようにページを進めていた。私はこのような世界を求めていたのだと、電流が走ったようだった。
むせ返るような花の香りに包まれる中に、時折暖かな闇や鋭い寂寥が顔を覗かせる、というような世界が私を絡め取っていく。この世界を知らなかったたった数分前の私を、もう思い出すことはできないと感じるほどの衝撃。
少女の背中を抱きしめる女郎蜘蛛や、子どもだからこそ成し得る残酷な遊びは、新たな私、いや、前々から持っていたであろう私の側面を浮き彫りにした。
1冊読み終わって濃く彩られた世界から解放されると、私はすっかり呆けたようになってしまった。そこそこの優等生らしく振る舞い続けていた私には刺激が強すぎたと思う。けれど、既に谷崎作品の虜になってしまっていた私は、その後も少しずつ作品を集めて読み進めた。
現在は坂口安吾作品を主に研究しているが、実は彼の作品と同じくらい谷崎作品も好きだ。正直、どちらの作家の作品を研究するか、迷ってしまった時期もあった。安吾研究を進める中で安吾も谷崎作品に感銘を受けていたと知った時は何だか嬉しかった。
現時点で1番好きな作品は、ベタかもしれないけれど「春琴抄」だ。
盲目の少女春琴と、彼女が死ぬまで仕え続けた佐助。春琴は佐助に辛く当たるが、佐助はそれでも喜んで仕え続ける。ただのSM嗜好の話ではない。自己犠牲とエゴが渦巻く愛の物語だと私は思う。
クライマックスでは、佐助が春琴のためにとった行動を読みながら眼前に想像してしまい、思わずゾッとしてしまった。創作とはいえ、これだけの愛を貫ける佐助は一体何者だったのか……
ページ数自体はそれほど多くないのだけれど、非常に読み応えがあって、人の価値観を変えうる作品だ。
研究する手前、安吾作品は楽しみながらもどこか分析に思考を割いてしまっているような気がするけれど、谷崎作品は純粋に楽しめるところもありがたい。
日常を離れ、極彩色の「愛と性」の世界、または羊羹の暗さのような暖かい闇の世界に触れてみたい、なんて方は、ぜひぜひ谷崎作品をお手に取って欲しい。
うだる夏の中で読むにはぴったりだと思う。
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