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他人行儀な403号室と生活の匂い

403号室に引っ越してきてから1ヶ月以上が過ぎた。家具はほとんど以前から使っているもののはずで、壁の色、床の色も前の部屋とそんなに変わらない。なのにいつも私ではない、誰か別のひとの部屋のような気がしてならなかった。こういった経験は、あなたにもあるだろうか。


実家に帰っているとき、彼の部屋にいるとき、さらには比較的近くに住んでいる大学の友人の部屋に泊まったときの方が余程リラックスしていた。それぞれの部屋は、私とその一室の間に誰か見知った人がいて、彼らが私と部屋の関係を取り持ってくれていた。彼らという存在が、私にとってそこは完全な私的空間でもないにも関わらず、私を和ませている。

しかし、私と403号室の間にはそのような、関係というものがなかった。
ただ、視覚は部屋と私を確かに繋いでいたはずなのだ。以前から使い慣れ、見慣れた家具を置いているのだから。それでもこんなに自室が他人行儀だと感じるのであれば、何か他の理由があるのか。


色々と考えた結果、匂いが原因ではないかと考えついた。どちらかというと私は匂いに敏感な方だと思っている。良い匂いだと感じると結構幸せを感じるし、安心感も匂いから得ている節があったのかもしれない。思い返してみれば、403号室はクリーニングされたような清潔な匂いがしていた。そこに私は壁を感じていた可能性は大いにあった。

ではその匂いにどう対処するか。芳香剤を置いたって、なじみのない香りなんだから何の解決にもならない。
仕事に行って帰ってきてもあまり部屋で休まった心地がせずどうしたものかと悩んでいたけれど、意外なところに糸口があった。
私と部屋を繋いだのは料理の匂いだった。


この部屋に来て、特に働きだしてから毎日何かしら料理を作っている。金銭的に節約する必要があるからとはいえ、面倒くさがりの私が自炊を続けられているのは奇跡に等しい。

今晩は肉豆腐でした

私の作る料理は、基本的にほぼ全て素朴な味がすると言われたことがある。別に悪い意味ではないらしいが(ほんとに?)、私が作ったものだとわかる味付けなのだと聞く。
つまり、毎日料理を作っているということは、何かしら私という要素を含んだ匂いが部屋に満ちることになる。勿論換気扇は回しているけれど、それでは出し切れない空気もあるだろう。それが少しずつ403号室になじんできたようだ。

料理を皮切りに、徐々に私の生活の匂いがこの部屋に満ち始める。使っている洗剤や柔軟剤の香り。シャンプーやリンス、整髪料の香り。毎日淹れるコーヒーの香り。少し古びてきたぬいぐるみの匂い。紙の本の匂い。からだをうずめる布団の匂い。そして私自身の匂い。

最近になって、403号室から他人行儀さがなくなった。私はようやく、この部屋は私が住んでいる部屋だと普通に言えるようになった。


近年、生活感というものが忌避されるような傾向があるように感じられる。そりゃ、ない方が美しい部屋だとは思う。しかし、私はそれではうまく生きていけないのだ。自分の垢抜けなさ、センスのなさを嫌に思うときは多々あるけど、生活の場ということに関しては、私は生活の匂いがするこの部屋が好きだ。

いつまでいるかはわからないけど、改めてよろしく、403号室。




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