読書感想文 スティーブン・キング『IT』
「IT」の映画のキャッチコピーは、「それが見えたら終わり」 うーん、うまく言えないけれど、ぞっとする、わっと脅かす、どっちのホラーなんだろうか? と思いつつ、読み始める。
そりゃ、怖い話だけれど、予想していた怖さとは違った。キングの持ち味のひとつは、地域密着型(と言っていいのか)の話を紡ぎ出すところだと思う。登場人物たちは、多くの場合、ひとつの町、町中の住民のことを誰もが知っているような、けっこう狭いコミュニティで生活している。その小さなコミュニティでの登場人物たちの生活の描写を手厚く書くことで、読者にもその人の生活が脳裏に立ち上がってくる気にならせる。
さて、この小説のメインは、強く固い絆で結ばれて、一夏を一緒に過ごした7人の少年少女たちが、まったくバラバラの大人になってから、あの夏の27年後に再びその町に戻ってくる物語である。
ここで面白いのは、大人の彼らが、あの夏の少年少女時代の記憶をなぜかすっぱりと失っているということ。(ひとりだけ、その町に残って大人になった者だけが記憶を保っている) なので、少年少女時代の物語を、最初から新鮮な気持ちで、読者は疑似体験することができる。彼ら7人は、いわゆるクラスの「はみ出しもの」で、暴力的な上級生のガキ大将にちょっとやり過ぎないじめを受けるわ、それぞれの家庭の中で問題を抱えて人知れず悩んでいるわ、「しょせん子供の」と言ってしまうのは簡単だけれど、子供にとっては非常に深刻な問題を抱えながら日々を送っているのである。
7人に固い結束があった、ということは思い出せても、大人の彼らは、実はその夏、本当は何が起こったのかという、核心となることはなかなか思い出せない。
最終章では、いよいよ話が核心に近づいたところで、27年後の大人の彼らの体験と、27年前の少年少女の彼らの体験が、交互にオーバーラップして語られる。現在も27年前もどっちもクライマックスなので、もうドッキドキである。最後には、ITの正体?らしきものが出てきたり、少年少女時代からの深く自分の中に根付いた問題にそれぞれの解決が示されたりで、カタルシスはある。けれども、読み終わって思うのは、やはりこれは、あの夏の少年少女たちの濃密で心の深いところに残る体験の物語なのだと。大人になってしまってから、もう一度あの夏の体験を(違う形だけれど)あの頃と同じ濃密さで想起する物語なのだと思う。カッコよく言えば、過ぎ去った少年少女時代の体験を強く自分の中にプレイバックするというか。
しかし、過ぎ去った物語は戻らない、ということを表しているのが、またもやその町で過ごした記憶が徐々に消え去っていくところなのでは・・・・・・と思うのである。
そりゃー怖いことはたくさん起こるけれど、人間が一番怖いわ!という月並みなところに落ち着きそうな気も・・・・・・残念ながら、27年後の大人の7人は全員が無事では済まなかったのは悲しいところ。
私が好きなシーンは、途中に挟み込まれる町の歴史が語られる部分の、何食わぬ顔で集合した町の男たちが、悪名高いギャングを始末する話。町のひとつのエピソードとしてすごく気に入っている。これを読んでいると、リコリスキャンディや、ピーナツバター&ジェリーサンドという、アメリカなものが食べたくなってしまう。(余談だが、映画『ヘイトフル・エイト』に出てくるねじねじのミントキャンディも気になる)
小説を読んだので、今度は映画『IT』も見てみるつもり。もっとホラー要素が強調されてるんじゃないかなと予想。